新型肺炎が依然として拡大を続けている。多くの日本人にとっては、この肺炎が日本でも拡散するかどうかが最大の関心事だろう。しかしながら企業関係者はちょっと別の心配をしているのではないか。一つには、中国企業や合弁企業などの操業停止が自社の経営にどう影響するか、もう一つは、海外駐在員の安全確保だ。
本書『海外危機管理ガイドブック――マニュアル作成と体制構築』(同文舘出版)は後者の「社員の安全確保」に関するものだ。著者の深津嘉成さんは 東京海上日動リスクコンサルティング(株)のビジネスリスク本部マネージャー主席研究員。同社は編集にも関与している。
新型肺炎の中心地、中国武漢に多数の日本人がいた。武漢と言えば、昔の中学の地理では、製鉄・鉄鋼業の中心地として必ず登場した。日本政府のチャーター機の第1便での帰国者で、報道陣の取材に答えていたのは、日本製鉄の社員だった。ふだんあまり耳にしない都市だが、今も鉄鋼が盛んで、重工業関係で日本とのつながりも深いのだなあと思った次第。2月7日の第4便までに763人が帰国している。外国籍の人も多少含まれている。
中国には約12万人の日本人が長期滞在している。子弟が学ぶ日本人学校も多数ある。日中間の貿易は、輸出・輸入とも日本全体の2割前後を占め、国別ではトップ。日米間よりも多い。貿易面でつながりが強固なだけに、まだ多数の日本人駐在員と家族が中国に残り、新型肺炎と闘っているはずだ。
本書の著者の深津さんは、東京海上に入社後、東京海上日動リスクコンサルティング(株)に出向。企業・自治体のリスクマネジメント、危機管理、テロを含む各種リスク対策に関する調査・研究・コンサルティングなどに従事。2006年からは中国の現地法人に赴任し、在中国企業を取り巻くリスク調査などもしていた。この方面のエキスパートだ。
書店に行くと、海外旅行や海外駐在の注意点をアドバイスする本はある。それらはおおむね「個人」としての注意喚起が軸になっている。本書はそれだけでは足りないという。企業が備えをするべきだというのだ。近年、テロ、天災、事件・事故、感染症など世界各地で様々な「不安」が増えているからだ。
日本の法人企業数は約170万社。そのうち海外展開している企業は約9600社。率としては0.5%にすぎないが、絶対数としては相当の企業が海外にも拠点を置いている。上場企業はほぼ100%近いのではないか。今回の武漢の例でも分かるように、日ごろ日本人がそれほど身近に感じていない都市でも多数の駐在員がおり、有事の際はダメージを受ける。
著者はグローバル化がさらに進展していく中で、これまでと同じように「何事もない」まま海外ビジネスを進められるとは考えない方がいいと警告する。「多くの海外展開企業が、おそらく数年以内に海外での『危機』を経験する可能性は比較的高い」と書いている。それがまさに的中したといえるのが今回の新型肺炎だ。
本書は以下の構成。
序章 海外で頻発する危機 第1章 企業に求められる海外危機管理 第2章 海外危機管理マニュアルを作る 第3章 海外危機管理マニュアルの作成例 第4章 海外危機管理体制を構築する 第5章 海外危機管理体制を強化・維持する 第6章 海外危機管理担当者が知っておくべき知識
「海外危機管理」とは具体的に何ですか? 「海外危機管理」はまず何から着手すべきでしょうか? 海外危機管理マニュアルにおいて、まず検討し、決めるべきことを教えてください、海外で事件・災害等が発生した場合の本社の対応を教えてください、海外での医療機関利用における留意点について教えてください、など多数の質問が並んでいる。
「『感染症』の世界的状況を教えてください」という項目もある。SARS、MERS、新型インフルエンザ、エボラ出血熱、鳥インフルエンザなどが挙げられている。感染症リスクの特徴として、短期間で感染地域が拡大、影響の範囲が極めて広域、影響の及ぶ期間が長期にわたる、企業としてできる対策が限定的・不確実、心理面への影響が大きい、などが指摘されている。
今回の新型肺炎で外務省は2月12日、中国全土の在留邦人や旅行者に対し、ホームページなどで「情報収集等に万全を期すとともに、日本への早期の一時帰国などを至急ご検討ください」と呼び掛けた。一方、一部の中国企業は操業や営業を再開したという情報もある。駐在員を残すべきか、帰国させるべきか。とりわけ対策が難しい局面を迎えている。おそらく東京海上にも問い合わせがいくつもあることだろう。
著者には『家族と企業を守る 感染症対策ガイドブック』(日本経済新聞出版社)という共著もある。こちらではより深く感染症がらみのことを書いている。
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