タイトルを見て、なんだ、この本は?と思う人が少なくないのではないか。『中国で叶えた幸せ――第2回「忘れられない中国滞在エピソード」受賞作品集』(日本僑報社)。中国に滞在したことがある日本人が、そこで体験した「忘れられないエピソード」をつづっている。要するに、日本人による中国体験談集だ。
「中国人が見た日本」の感想文コンクールがあることは知っていたが、逆の立場の日本人によるものがあったとは・・・。
本書は、日本僑報社主催の第2回「忘れられない中国滞在エピソード」の受賞作品集だ。(1)私の初めての中国(2)中国で叶えた幸せ(3)中国のここが好き、これが好き(4)中華人民共和国建国70周年に寄せて――の4つのテーマをもとに作品を募集、日本国内だけでなく中国からも含めて293編が集まり、最優秀賞1点、一等賞5点など70点が入賞した。本書ではそれらを掲載している。
このコンクールは駐日中国大使館や読売新聞、日中友好議員連盟など各種日中団体が後援しているという。支持している政治家として二階俊博自民党幹事長や、福田康夫元首相の名前も掲載されている。
最優秀賞には乗上美沙さんの「赤い羽根がくれた幸せ」が選ばれた。乗上さんは現在、早稲田大学法学部修士課程の大学院生。2011年に大連のインターナショナルスクールに在籍していたころの話を書いている。在校生のほとんどは裕福な中国人の生徒。カナダ系の学校だったが、歴史の時間には日中戦争についての授業がこってりあり、日本人の乗上さんは白い目で見られて疎外感を味わっていた。
ところが3.11の東日本大震災で雰囲気が変わったという。日本人はわずか0.5%しかいなかったのに、「募金」の話が浮上した。乗上さんは「本当に日本のために募金してくれるのだろうか」と訝りつつも、募金箱をつくり、募金をしてくれた人に渡す赤い羽根のブローチを手作りした。そして一週間、キャンパスを見渡すと、ほとんどの生徒や先生が赤い羽根を付けていた。中国人が日本人のために何かしてくれることはないと思い込んでいた乗上さんは、いつしか中国人に対する感謝の気持ちと穏やかな幸福感に包まれていた――という話だ。
新型肺炎でいま日本では「中国加油」(中国がんばれ)というメッセージを時々見かける。日本からのマスクなどの支援物資に、中国外務省も公式に謝意を述べている。募金に参加した乗上さんの同級生たちは当時、「日本加油」の気持ちだったに違いない。
本書には受賞者たちの簡単な経歴が記されている。それが実に多彩で、いろいろな形で中国と関係を持っている人が増えているということを再認識する。
最優秀賞の乗上さんは、大阪出身だが、小学校4年から高校卒業まで中国に単身留学していた。滞在先の寮にはテレビがなく、高校に在籍していたころは日本料理店でアルバイトしていたという。
一等賞の5人はこんな経歴だ。岐阜県の高校生、山崎未朝さんは小学校5年のとき、父の仕事の関係で広州市の日本人小学校に転入。さらに中学に進む。大阪府の入江正さんは中学校長を退職後、上海市の日本人学校の校長に。横山明子さんは2010年から湖南省の外国語学院などで日本語会話や作文などを教えてきた。東京都の主婦、片山ユカリさんは英国での7年間の留学経験があり、外交官の夫と4か国で暮らす。中国では北京と上海に滞在し、上海理工大学日本文化交流センター名誉センター長も務めた。京都大卒の森野昭さんは製薬会社を定年退職後に8年間、中国各地で日本語を教え、その後の4年間は留学生として過ごした。
応募者は10代から90代まで幅広い。全体に留学経験者や日本語教師が目立つが、大手企業の駐在員、元駐在員なども少なくない。
中でも印象に残ったのは「中国のこと もっと知ろう」という高校生、伊勢野リサさんの一文だ。父の転勤で現在は上海の高校に在学中。日本にいたときはテレビのニュースなどの影響で、中国についてあまり良い印象は持っていなかったという。実際に行ってみて驚いたことを二つ挙げている。一つは中国における電子決済など「電子機能の発達」。もう一つは「中国人の人柄」。自分の体で中国人との関りを体験できてよかった、中国を訪れる前よりも視野が広くなった、と書いている。英語と中国語を覚えることは大変だがこれからの人生で必ず役に立つと思うとも。日本で大学受験勉強をしているだけでは得られない貴重な経験といえるだろう。
日中国交正常化から40年あまり。当時はほとんどゼロに近かった日中間の貿易は飛躍的に拡大し、今や日本にとって貿易面でアメリカ以上に関係が深いのが中国だ。2018年の場合、輸出の19.5%、輸入の23.2%は中国相手。いずれも国別のトップだ。日本を訪れる中国人観光客は年間950万人を超え国別ではダントツ。日本に在留する中国人も78万人を超えて、在留外国人の3割に迫る勢い。日本の大学院生の2割を占める外国人留学生の多くは中国人だ。
一方、中国には約12万人の日本人が暮らしている。BOOKウォッチで紹介した『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)によると、中国で教える日本人教員も増えており、「在中日本人研究者の会」もあるという。
これからの日中関係がどうなるのか。予断を許さないが、交流が促進され、互いに実際に相手国を体験する人が増えることは好ましいことに違いない。
新型肺炎の拡大で、中国は厳しい局面にあり、日本でも緊張感が高まっている。そんなときだけに、本書のような草の根レベルの試みは、価値があり、継続されるべきだろう。
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