映画「キングダム」が2019年4月19日から公開され大ヒット中だ。人気俳優の山崎賢人が主演し秦の始皇帝による国家統一前夜を描いている。本書『始皇帝 中華統一の思想 「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書)は、映画化に合わせて出版されたようだ。中国史というと、話がややこしくて引いてしまう人が少なくないかも知れないが、本書は勘所をきちんと押さえており、きわめて分かりやすい。
著者の渡邉義浩さんは1962年生まれ。専門は古代中国思想史。早稲田大学文学学術院教授で三国志学会事務局長も務める。
映画『キングダム』の原作は、原泰久さんが2006年から『週刊ヤングジャンプ』で連載している人気マンガだ。始皇帝が登場する春秋戦国時代末期に奴隷から大将軍になった男が主人公。13年に第17回手塚治虫文化賞を受賞しているから質の高さは折り紙付きといえる。単行本の累計発行部数は4000万部を超えたといわれ、ラジオドラマ、ゲーム、さらにはNHK BSプレミアムやNHKでアニメ放送されている。
本書はマンガの名場面25点を引用しながら始皇帝を生んだ時代を解説する。すでに作品になじんでいる読者には、物語の歴史的背景がいちだんと詳しくわかるだろう。逆に作品に無縁だった人には、マンガや映画への関心が高まるにちがいない。
冒頭、渡邉さんは中国という国の特殊性について書いている。それは多民族が暮らす広大な面積がおおむね統一国家として長年維持されてきたということだ。そのスタートが、紀元前221年の秦の始皇帝による国家統一だった。それ以前の周や春秋戦国時代の国は、基本的には「邑(むら)制国家」。君主が治めているのは城壁の内側の「邑」のみで、血縁関係で結ばれた氏族が支配していた。いわば身分制の封建国家。「生まれ」によって人生が決まっていた。
ではなぜ秦のみが、強大な中央集権国家を作り上げることができたのか。渡邉さんはいくつかの理由を上げる。その中で印象に残ったのは、農業生産力の向上だ。背景には鋳鉄技術が発達して鉄製の農機具が広まったことがある。氏族のなかの分家でも、開墾することで本家を上回る収穫が可能になった。そうなると「経済」が「政治」を揺さぶるようになる。
もちろんこうした状況は始皇帝以前から、当時の中国で広がっていた。しかし「下剋上」が起きないように、旧来の支配層が新興勢力を押さえこんでいた。それを支えていたのが、「儒家」の思想だった。世襲を肯定し、秩序と忠誠心を重んじる現状維持の考え方だ。
ところが秦では始皇帝以前から、すでに諸子百家の一つ、「法家」の「信賞必罰」思想が入り込んでいた。成果を上げれば昇進できる。「平等性」を重んじており、当時の氏族支配を否定するような考え方だった。異民族も登用していた。
秦が早くから「法家」を取り入れることをできたのは、秦が辺境の国だったからだという。古い伝統に縛られた中原の国々のように多くの既得権者を抱えていなかったからだと、渡邉さんは見る。
「現代でも、過去の成功体験を引きずった日本の大企業がフットワークの軽い新興企業に敗れる例を見かけるが、秦の成功はまさにそれだった」
始皇帝による焚書坑儒は有名だが、こうした歴史的な背景を知ると納得できる部分がある。焼かれた本や埋められた儒者は、要するに守旧派であり、始皇帝は改革の邪魔になったからドラスティックに切ったということになる。
始皇帝が漢字や貨幣、度量衡を統一したことはよく知られている。「県制」を強いて、中央から官僚を派遣して統治する中央集権。戸籍も作っており、それゆえ当時の秦の人口が約5000万人で軍隊が約500万人規模だったこともわかっている。始皇帝による「国家モデル」は中国のみならず、今日の日本にも引き継がれているから、始皇帝を知ることは、日本の制度のルーツを知ることにもつながる。
司馬遷は『史記』の第6巻「秦始皇本紀」で始皇帝の時代のことを書いている。『キングダム』の登場人物は膨大な数になるが、その大半は史書に出て来るという。日本の弥生時代にすでに紀伝体の歴史書ができていたわけだから、中国の底力には驚嘆せざるを得ない。孔子は始皇帝の約300年前、司馬遷は約100年後。いずれも紀元前の人たちだ。
ちなみに評者の知人の中国人留学生に、始皇帝のことを聞いてみたら、学校の歴史で習うので誰でもよく知っているとのことだった。習近平の中国でも偉人政治家として重んじられているようだ。中国共産党も「秦の遺産を強く受け継いでいる」と渡邉さんは強調している。
始皇帝は別の形で、現代の中国の文化的、文明的な「自信」の裏付けにもなっている。陝西省西安の「兵馬俑」だ。1974年に偶然発見され、これまでに約8000体の俑(人形)が見つかっている。始皇帝の死後の生活に地下で寄り添う様々な表情や服装の俑を通して、秦の時代がくっきり再現されている。中国の主要な国宝は、台湾に持ち運ばれたと言われていたが、兵馬俑の存在感は他を圧している。20世紀考古学の最大級の発見とも言われる。「キングダム」の映画やマンガでも、登場人物の顔や服装の参考にされていることだろう。
兵馬俑の近くには、「帝陵」と呼ばれる始皇帝の墓がある。そこはまだ手つかずのまま。発掘すると、何が出て来るのか。世界の考古学者、歴史学者の大きな関心事だ。
本書でいちばん興味深かったのは、著者による中国の捉え方だ。中国は均質の国ではない。同じ漢民族とされる人でも、地域によって容姿や体格、文化、風習が異なり、話し言葉は別物。会話では意思疎通がスムーズにできなかったりする。その周辺にはさらに多数の少数民族がいる。それらを束ね、一つの国家にまとめ上げてきたのが「中国」だと強調する。
評者は何度も中国に行ったことがあるので同感だ。地方に行くと、日本語と中国語、中国語と現地語という二人の通訳が必要になることがある。北京のホテルのテレビで「中国全国文化芸術祭」を見たことがあるが、地域ごとに登場する舞踊団の容姿や扮装、音楽、踊りや歌が同一国家とは思えないくらい違う。それが何十も次々と出て来るので、きわめてバラエティに富んでいる。全く飽きない。本州と沖縄ぐらいの違いしかない日本人の常識では理解できない。
このように雑多な中国を一つにまとめ上げた原点、それが秦の始皇帝だという。今ヨーロッパはEUの壮大な実験のなかにあるが、渡邉さんは、始皇帝の秦こそが「元祖EU」であり、そうした国家モデルを延々と現代まで受け継いでいるのが中国だと強く示唆するのだ
ちょうど平成が令和に替わった。名称の出典が万葉集だとか、いやその原典は中国の古典だとか諸説あるが、この機会に本書などを手に取り、漢字、戸籍、中央集権など私たちの社会をも規定してきたルールの淵源に思いをめぐらすのも一興だろう。
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