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川端康成のBL作品『少年』が70年ぶりに単行本になった。

少年

 ノーベル賞作家・川端康成没後50年にあたる4月を前に、川端の私小説でもあるBL(ボーイズ・ラブ)作品『少年』が新潮文庫から刊行された。本作は、これまで全集でしか読めなかった、貴重で珍しい作品。1冊の本になるのは、目黒書店から単行本が刊行された1951年以来、70年ぶりのことだ。

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 発売の発表と同時にSNS上では「あの幻の小説が文庫になるとは」、「待ち遠しい」、「とっくに予約済」と反響を呼び、書店には予約注文が殺到する事態となっていた。

 大阪の旧制中学の寄宿舎で、川端は美しい後輩の少年を愛した。互いにうなじも唇もゆるしあっていた二人の間に起きた出来事とは。

50歳を越えて、過去を振り返った作品

 だが、単純なBL作品だと思って読むと、期待を裏切られるだろう。本作は川端が50歳を機に、作品としての「十六歳の日記」や手紙、日記をもとに書いたものだ。だから、構成も複雑で、あえて難渋な表現も使っている。相手の少年の名は「清野」。

 それでも、こんな箇所がある。

 「床に入って、清野の温かい腕を取り、胸を抱き、うなじを擁する。清野も夢現のように私の頸を強く抱いて自分の顔の上にのせる。私の頬が彼の頬に重みをかけたり、私の乾いた脣が彼の額やまぶたに落ちている」

 川端が不在のときに同級生が清野を求めようとしたことも出てくる。

 「大口が故意に清野の床をねらって、いやしい行為--私にこう呼ぶ権利を与えよ。--いやしい行為を犯そうとしたことは確かのようである」

 そして、「大口への優勝者への位置を感じながら、しっかりと腕を抱いて眠りに入った」というところで、「日記は切れている」と書いている。大正6年、19歳で中学5年のことだった。

 本作によると、川端はこの清野少年とのことは大学生時代に「湯ヶ島での思い出」という原稿に長々と書いた。旧制高校時代にも清野少年宛ての手紙を作文として学校に提出、教師の採点を受けてから実際の手紙として清野少年に送った、と書いているから、かなりの執着であり、重要なモチーフであったことが分かる。

 そして、本作には手紙から、こんな引用をしている。

 「お前の指を、手を、腕を、頬を、瞼を、舌を、歯を、腕を愛着した。 僕はお前を恋していた。お前も僕を恋していたと言ってよい」

『伊豆の踊子』と一体となった、貴重な体験

 「湯ヶ島での思い出」の踊子の部分を除いた大半は、清野少年の思い出の記である、と書いてあるから、『伊豆の踊子』と一体となった、貴重な体験であったようだ。

 その後のことも出てくる。川端が東京の第一高等学校に進学し上京後も二人は手紙のやりとりを続けていた。一方、清野少年は大本教の信者となり、京都・嵯峨で修行していた。川端は22歳のときに、彼を訪ね、その体験を長々と書いている。

 「清野の心持を中学時代に引きもどしたい。私は大本教そのものに興味があったわけではなく、大本教を信じる少年の心のさまが知りたいのであった」

 数日、修行所に滞在し、山を下りた。それ以来、会っていない、と書いている。

 50代の川端は読者にこんなアドバイスをしている。

 「高等学校(旧制高校のこと)の寮にはその後好意を持つようになった私であるが、中学校(現在の高校のこと)の寄宿舎には、たとえいかなる事情がおありでも子弟を送ることはお止しなさい、と世間の父兄に私は忠告したい」

 川端は清野少年から大きな影響を受けた。また彼も「私に帰依していた」とまで書いている。川端との別れが宗教への傾倒を深めたと推測している。つまり、精神が未熟な思春期に他人と起居を共にし、影響を受けることの危険性を言いたかったのではないだろうか。

 川端は彼に恩を感じているとも書いているから、彼が自分のせいで宗教に入ったのではと反省していたかもしれない。それが前述の「忠告」となったのだろう。

 本作は、「私は今この『少年』を書いたので、『湯ヶ島での思い出』も古日記も清野の古手紙も焼却する」で終わっている。

 読後に思ったのは、川端は意外と自分の体験しか書けなかったのでは、ということである。本作は昔の日記と手紙を再構成して、後日の感想を述べたものだし、『伊豆の踊子』もほぼ体験を抒情的に描いたものである。『雪国』も体験を膨らましたものであることは、さまざまな研究者が明らかにしている。

 むろん、純粋に創作した作品も少なくないが、それらの評価はあまり高くないような気がする。川端については、川端の評伝も書いた作家・比較文学者の小谷野敦さんが、川端の描く「女」から10の名作を再読した『川端康成と女たち』(幻冬舎新書)をBOOKウォッチで紹介したばかりだ。没後50年を機に、川端の文学と生涯にまたスポットライトが当てられようとしている。本作もその手掛かりになる重要な作品であることは間違いない。



 


  • 書名 少年
  • 監修・編集・著者名川端康成 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2022年4月 1日
  • 定価539円(税込)
  • 判型・ページ数文庫判・178ページ
  • ISBN9784101001067

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