谷崎潤一郎、川端康成、久米正雄らについての実に行き届いた評伝を出したと思えば、『文豪の女遍歴』といったきわどい本も書く小谷野敦さんは、もともと『聖母のいない国』(サントリー学芸賞)などの著書がある研究者(大阪大学言語文化部助教授)だった。アカデミズムの世界を離れ、文筆一本となってからは小説も書き、芥川賞候補に2回。そんな小谷野さんの新しい短編集が『東十条の女』(幻戯書房)だ。
表題作の「東十条の女」は、「私小説」に一家言もつ著者らしい「婚活」小説だ。40代前半の主人公は離婚後2年をへて、SNSでさまざまな女性と知り合う。あるネットお見合いを通じて出会った34歳の素子さんは、東京の東十条に住んでいた。川端とか谷崎の小説の話でも齟齬はなく、私は交際を始める。芝居を見た後、彼女が住む部屋に初めて泊まった。「素子さんは、セックスがうまかった」。
この後、京都に一緒に行ったり、彼女とのセックスにおぼれたりしながらも、結婚する気にはならなかった。そうこうするうちに彼女に紹介してもらった女性弁護士やネットで知り合った女子学生とも交渉を持つようになった。学生は村上春樹が好きで、作中に出てくる「こんな都合のいい女がいるか、と思っていたのだが」「実在することを知った」。
その後、私はT大大学院生の女性と再婚し、遅い女性遍歴は終わる。無軌道で悪人だった日々を振り返り、「私は自分とセックスしてくれた女に対しては、そのあと少々恐ろしい目に遭っても、感謝の念を抱いている」。
この作品は『もてない男』『童貞放浪記』などの著書があり、自虐的なほど女性に縁がないイメージをつくってきた小谷野さんとのギャップが面白い。『文豪の女遍歴』を書いた人だけに、自身と思われる主人公の性描写にも遠慮がない。そのすがすがしさがあっぱれだ。男性本位と言われようと、ここには人生の一片の真実が感じられる。
ほかに図書館司書の女性の眼から作家の宇留野先生に焦点をあてた「細雨」、文学史に素材をとった「潤一郎の片思い」「『走れメロス』の作者」のほか、スケッチ風の2作を収めている。
著者が「文學界」(2018年3月号)に発表した「とちおとめのババロア」は、皇族女性の恋愛と結婚を題材にした荒唐無稽な筋の小説で話題となっている。小説家として脚光を浴びる日も近いのではないだろうか。
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