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あなたは何冊読んでる? 小説が描いた「この30年」

この30年の小説、ぜんぶ

 本書『この30年の小説、ぜんぶ』(河出新書)は、作家の高橋源一郎さんと文芸評論家の斎藤美奈子さんの対談集だ。タイトルに「この30年の小説、ぜんぶ」とあるが、もちろんぜんぶ読んだ訳ではない。高橋さんは「この30年の小説、ぜんぶ読んでみたかった」でもあるし、「この30年の小説、ぜんぶわかるためには、これ読んで」でもある、と書いている。この30年というのはほぼ「平成」の時代に重なる。文学も社会もずいぶんと変わった。小説を通して見えてきた、平成史の試みと言えるかもしれない。

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 6章から成るが、3つのパートに分かれている。1つは2003年から14年まで雑誌「SIGHT」で行われた「ブック・オブ・ザ・イヤー」での対談(「文学・評論」という枠なので、小説以外も含まれている)から11年~14年分を収めた。年間10点余りを取り上げているので、「精読」編と言えるだろう。

 2つ目は平成から令和に元号が変わる直前の2019年3月に「平成30年分の小説ぜんぶ」を対象にした、文芸誌「すばる」誌上での対談。それぞれ挙げた10点プラスアルファから、平成の時代相を抽出している。そして3つ目が2021年9月、本書のために語り下した対談。「コロナ禍がやってきた」という章タイトルになっており、最もビビットなテーマを扱っている。

 2011年は、東日本大震災が起きた。章タイトルは「震災で小説が読めなくなった」である。高橋さんは「3月11日以降読みにくくなった小説と、関係なく読める小説があって。だいたいの小説は、もう――」と切り出し、斎藤さんが「『読んでられん!』って感じになりますよね」と受けている。

 金原ひとみさんの『マザーズ』、西村賢太さんの『苦役列車』、海猫沢めろんさんの『ニコニコ時給800円』を冒頭で取り上げ、震災前に書かれたが、震災があっても関係ない、本質的なところを突いた作品だと評価している。共通しているのは「過剰」ということだ。それぐらいで、「ちょうどリアリズムだなって感じられる」と高橋さん。

 西村さんに対しては「どの小説も内容はほぼ同じ」(斎藤さん)、「この書き方だと、フラットに書いているようでいて、苦悩を特権化してる感じになるよね」(高橋さん)と手厳しい。西村さんは残念ながら、今年2月5日54歳で急逝した。2人ともその後の仕事を期待していただけに、このくだりを読んで胸が痛くなった。

 小説ではないが開沼博さんの『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』を絶賛している。また、3・11の衝撃をそのまま受け止めた川上弘美さんの『神様2011』や古川日出男さんの『馬たちよ、それでも光は無垢に』などに触れている。

 個々の作品に言及しているとキリがないが、2013年の章で、村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と大江健三郎さんの『晩年様式集 イン・レイト・スタイル』を合わせて論じているのが興味深い。「村上春樹と大江健三郎は同じっていう説」(高橋さん)、「大江健三郎から理屈っぽい部分を除くと村上春樹になる」(斎藤さん)と書いているのが、忖度抜きで清々しい。

 「ブック・オブ・ザ・イヤー」での最後の対談になった2014年の章で、奥泉光さんの『東京自叙伝』を取り上げ、高橋さんは奥泉さんの最高傑作と評している。主人公は東京の地霊で、ネズミになったりたまに人間に憑依したりして、最後は原発労働者になる。

 ある種の震災後小説でもあるが、「もう4年なわけでしょ。やっぱりそのぐらいかかりますよね、作品に落としていくっていうことで考えると」と齋藤さん。

文学のOSが変わった平成

 平成の小説を振り返った第5章のタイトルは「文学のOSが変わった」。綿矢りささんの『インストール』や村田沙耶香さんの『コンビニ人間』、松田青子さんの『スタッキング可能』などを取り上げ、「近代的自我からはじまった日本文学はもう終わっている」(斎藤さん)と総括している。

 『コンビニ人間』で描かれているのは、疎外された労働だが、「そういう批判自体が成り立たない世界になっている」(高橋さん)。近代的自我がない方が力強く生きることができるというのだ。それに若者が共感しているとも。

 平成になり、昭和を相対化した作品として、阿部和重さんの『ピストルズ』、赤坂真理さんの『東京プリズン』、矢作俊彦さんの『あ・じゃ・ぱん』などを紹介している。ようやく昭和を客観的に見ることが出来るようになり、歴史の再構成が始まったという。

医師が書くコロナ小説

 そして2021年。コロナ禍の初期にカミュの『ペスト』がよく読まれたことに触れ、「コロナ文学も、もっと書かれるべきだと言う人がいるんだけど、そんなに急がなくてもいいと思うんですよ。だって、まだ終息していないわけで」と斎藤さんは書いている。

 それでも、乗代雄介さんの『旅する練習』、金原ひとみさんの『アンソーシャル ディスタンス』のほか、現役医師の作家が書いた海堂尊さんの『コロナ黙示録』と夏川草介さんの『臨床の砦』を取り上げている。「社会には記録する人が必要で、それには医者的な資質が必要なんだよね」という高橋さんの締めの言葉に納得した。

 一回の対談が8時間に及ぶこともあったそうだ。圧倒的な熱量と深い読みに感心させられる。2003年からの選書一覧も載っているので、読んだ本がどれくらい取り上げられているのかを確かめるのもいいだろう。評者の確率は約5割。新しい作品ほど読んでいないことが分かった。そんな使い方もある本だ。



 


  • 書名 この30年の小説、ぜんぶ
  • サブタイトル読んでしゃべって社会が見えた
  • 監修・編集・著者名高橋源一郎、斎藤美奈子 著
  • 出版社名河出書房新社
  • 出版年月日2021年12月30日
  • 定価1078円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・360ページ
  • ISBN9784309631455

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