現代の中国となると日本人の多くは警戒心を持つが、古代中国への関心の高まりは尽きないようだ。漫画『三国志』や『キングダム』の人気ぶりは言うまでもなく、古代中国を舞台にしたBL小説まで出版されている。本書『古代中国の24時間』(中公新書)は、古代中国の人々にスポットを当て、膨大な史料から彼らの暮らしぶりを描いた本である。女性たちはイケメンに熱狂、酒に溺れ、貪欲に性を愉しむ...そんな姿に親しみを覚えるだろう。
著者の柿沼陽平さんは早稲田大学文学学術院教授・長江流域文化研究所所長。博士(文学)。専門は中国古代史、経済史、貨幣史。著書に『古代中国貨幣経済史研究』『劉備と諸葛亮』など。
読者が「古代中国(とくに秦漢時代)にタイムスリップし、一日24時間を生き抜く」という架空の設定のもと、ロールプレイングゲームのような体裁をとっているので、誰でも面白く読むことが出来る。昨年末すでに3版と版を重ねていることから、新しい読者層を引きつけているようだ。
本書の構成は以下の通り。朝から夜の順に書かれている。
序章 古代中国を歩く前に 1章 夜明けの風景 午前四~五時頃 2章 口をすすぎ、髪をととのえる 午前六時頃 3章 身支度をととのえる 午前七時頃 4章 朝食をとる 午前八時頃 5章 ムラや都市を歩く 午前九時頃 6章 役所にいく 午前十時頃 7章 市場で買い物を楽しむ 午前十一時頃から正午すぎまで 8章 農作業の風景 午後一時頃 9章 恋愛、結婚、そして子育て 午後二時頃から四時頃まで 10章 宴会で酔っぱらう 午後四時頃 11章 歓楽街の悲喜こもごも 午後五時頃 12章 身近な人びとのつながりとイザコザ 午後六時頃 13章 寝る準備 午後七時頃
プロローグに登場する皇帝の精勤ぶりに驚かされる。まだ午前5時、6時頃なのにもう仕事をしている。一日に処理すべき文書の重さは木簡や竹簡だが約30キロもある。会議があり、人が入れかわり立ちかわり面会を求めてくる。「皇帝が女性を抱こうとしているときにさえ、決済を求めてくる臣下がいるほどだった 」というから、すさまじい。
24時間すべてにふれることは出来ないので、興味深い箇所をいくつか紹介しよう。
中国古代人は歯みがきをしなかった。起床時と食後に口をすすぐだけ。最古の歯ブラシは唐代のものだった。そのため虫歯に悩まされた。さらに口臭が切実な問題だったという。鶏舌香というブレスケアを使った皇帝の側近もいた。
庶民の食事のオカズの主役は野菜で、ネギやニラ、モヤシが一般的だった。牛肉を食べる庶民はほとんどいなかった。牛は農作業に役立つ貴重な存在だったからだ。沿海部や河川流域では魚がよく食べられた。一日二食が基本で、朝食をすませた後は、午後3時頃までガマンした。
上流階級は、牛やヒツジ、ブタ、鶏などの肉類もよく食べた。金もちの中には、人間の母乳で育てたブタを食べる者がいて、非難されたそうだ。
イケメンが街を歩くと、女性の黄色い悲鳴が聞こえた。女性は積極的で、イケメンの乗る馬車にフルーツを投げ入れたり、馬車を取り囲んだりしたそうだ。人妻も積極的だった。
役所も例外ではなく、官吏の顔面偏差値はかなり高かった。漢代ではイケメンであることが官吏の採用条件だったというから、恐ろしい。
宴会の様子も面白い。午後2時から4時頃に二度目の食事をとる。一緒に酒を飲むこともあり、そのまま宴会になることも。酒は年長者が飲みきるまでは、同席の年少者は飲んではならないルールがあった。また、もう飲めないからという理由で帰宅することは許されなかった。オールナイトの宴会もあり、7日連続で飲んだ殷の紂王の例を紹介している。
性愛についてもあけすけに書いている。漢代の女性の墓から出土したペニスを模した張形の写真を掲載している。二人が使えるようになっており、レズビアンもいたと推測している。男色もあった。「むしろ男女の結婚を補完するかたちで、同性間の性愛が営まれることもあり、少なくとも上層階級の性愛のかたちは多様だった」と書いているから、BL小説もあながち荒唐無稽だったわけではない。
中国古代史の史料はそれほど多くなく、主要なものは1500万字、新書100冊分ぐらいの分量だという。柿沼さんは、10年間ほど、漢文を毎日少しずつ読み、日常史にかんする記述をみつけては付箋をつけてゆく作業を続けた。
ほかにも近年遺跡から出土した建築遺構や遺体のほか、石器、土器、石像、木簡、竹簡などの文字資料、壁画やレリーフなど、「使えるものはすべて使った」と書いている。
その結果、従来のマルクス主義の系譜を継ぐ民衆史研究とは異なる趣きの本が完成した。古代中国に関心のある人なら一読を勧めたい。
BOOKウォッチでは、『始皇帝 中華統一の思想 「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書) 、『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書)などを紹介済みだ。
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