受験シーズンが始まった。首都圏や近畿圏では私立中高一貫校の人気が高いが、地方にはそれぞれ歴史を背負った名門公立高校がある。本書『「旧制第一中学」の面目』(NHK出版新書)は、各地の一中を継承した高校の歴史から最新の教育事情までを詰め込んだ異色作である。
著者の小林哲夫さんは教育ジャーナリスト。著書に『東大合格高校盛衰史』『高校紛争1969-1970』などがある。
どんな高校が該当するのか? 日比谷(東京)、北野(大阪)、旭丘(愛知)、札幌南(北海道)、修猷館(福岡)、鶴丸(鹿児島)といった名前をみれば、ある程度イメージがつかめるだろう。
東大や京大など難関大学への合格者が多い進学校が多い。また各地で最も古い伝統校なので、著名な卒業生も多く、地域を代表する高校として全国的にも知名度が高い。
しかし、戦後「平等主義」を掲げる教育行政によって、没落や低迷を余儀なくされた「一中継承校」も少なくない。そして今、復活しつつあるというニュースが、本書が刊行された最大の理由だろう。
「第一章 一中『復権』の最前線」では、2021年、東京都立日比谷高校からの東大合格者数が63人と半世紀ぶりに60人を超えたことから書き出している。また、大阪府立北野高校は同年、京大合格者数95人と4年連続で1位となった。
両校が返り咲いたのは、東京では石原慎太郎氏、大阪では橋下徹氏がそれぞれ知事時代に、政策的にバックアップする施策を打ち出したことが大きい。
ちなみに、同年の「一中継承校」からの東大合格者数は次の通り。
日比谷63、浦和(埼玉)46、旭丘31、水戸第一(茨城)23、宇都宮(栃木)・千葉19、修猷館18、札幌南16、岡山朝日15、藤島(福井)14、静岡・金沢泉丘(石川)・北野13、秋田・岐阜・大分上野丘12、高松(香川)11、山形東・鶴丸10、新潟9、盛岡第一(岩手)8、前橋(群馬)7、富山・佐賀西6、姫路西・松山東5、安積(福島)4、甲府第一(山梨)・津(三重)・長崎西・宮崎大宮3、弘前(青森)・松本深志(長野)・桐蔭(和歌山)・鳥取西・松江北(島根)・山口・済々黌(熊本)2、仙台第一・彦根東(滋賀)・洛北(京都)1
東大合格者数ばかりが高校の実力を示す指標ではないが、ある程度参考にはなるだろう。また、「一中継承校」の数字を上回る公立高校が存在する県(宮城、神奈川、富山など)もあることを付け加えておきたい。「一中」が必ずしもナンバーワンとは限らないのだ。
本書の凄みは、歴史的な経緯に詳しいことだ。一中がなぜ県庁所在地にないのか。青森県では青森県中学が青森に開校したが、弘前へ移転、青森が猛反発したこと、福島県でも福島から郡山に移転したことが書かれている。同様の綱引きは、長野県、滋賀県、兵庫県でもあったようだ。廃藩置県で統合された県において、どこに「一中」をつくるかは地域の大問題だったようだ。
また一度も「第一」と名付けられなかったものの本書では、新潟高校、高松高校、修猷館高校などを「一中」として扱っている。当該県で最も古い旧制中学の継承校という位置づけだ。
戦後、一中が事実上解体したケースとして長崎がある。長崎中学は長崎高校に移行するが、その後3校と統合したあと、長崎西高校、長崎東高校に分かれて開校した。本書では長崎中学の跡地に作られた長崎西高校を「一中」としている。
また、島根県の松江中学は松江高校となったが、松江北高校、松江南高校に分かれた。佐賀県でも同様の分割があった。
戦後、21校が「第一高校」を名乗ったが、ほとんどは短命に終わったというエピソードを紹介している。GHQの地方軍政部に認められなかった地域がある、と説明している。第一高校、第二高校という名称は、ナンバーワン、ナンバーツーという序列を表すものだというロジックだった。今も残るのは、盛岡第一、仙台第一、水戸第一、甲府第一の4校のみだ。
戦後の受験競争による盛衰にも詳しい。日比谷高校が東大合格者数193人(1964)年と全盛だった頃、他県からも越境入学するほどだったことや鶴丸高校のスパルタ授業などに触れている。
そして学校群などの「総合選抜」が東京都、愛知県、岐阜県、福井県、岡山県、大分県などで行われ、「一中継承校」の進学実績は低迷した。このことはよく知られているが、小林さんは「一中つぶし」は3回行われた、と指摘している。
1回目は戦後まもなくの新制高校誕生期に小学区制が取られた県があること、2回目は上述の「総合選抜」、3回目は一中に対する冷遇。進学重点校としてまったく別の新設校をつくった神奈川、広島、沖縄の例を挙げている。
進学ばかりではなく、スポーツや伝統行事、高校紛争など、高校生活の多彩な面にも触れている。一中の文武両道のDNAは戦後、新制高校となり名前が変わっても脈々と受け継がれているようだ。
官僚や大企業のトップには「一中継承校」出身者が少なくない。評論家の佐藤優さんが母校について書いた『埼玉県立浦和高校』(講談社現代新書)でも、佐藤さんは高校時代に備わった「人間力」がその後の人生を切り拓いてきたと証言している。
BOOKウォッチでは、『地方公立名門高校』(朝日新書)、『未来のエリートのための最強の学び方』(集英社インターナショナル 発行、集英社 発売)などを紹介済みだ。
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