今年(2021年)韓国ドラマ「イカゲーム」がNetflixで配信され、世界的な大ヒットになった。昨年来、「愛の不時着」「梨泰院(イテウォン)クラス」などで韓国ドラマにハマった人も多いだろう。本書『人生を変えた韓国ドラマ 2016~2021』(光文社新書)は、韓国ドラマ隆盛の秘密を探った本だ。傑作80選の作品解説もあり、ファンには見逃せない内容だ。
著者の藤脇邦夫さんは1955年生まれ。業界誌、出版社勤務を経て、現在は文筆業。『出版幻想論』『出版現実論』(いずれも太田出版)など、出版にかんする著作が多いが、『定年後の韓国ドラマ』(幻冬舎新書)を出すなど、20年来の韓国ドラマのファンでもある。
藤脇さんによると、日本における韓国ドラマブームは、現在が第4次だという。俳優が話題の中心となった「冬のソナタ」出現の2003~2010を第1次とすると、2011~15年の第2次はシナリオ・発想・シノプシス・プロットの充実期であり、2016年から始まった第3次ブームは、K-POP人気に加えて、ケーブルテレビ3局の躍進により、アメリカ・ドラマに匹敵するほどの水準になった。そして、現在が成熟した第4次ブームということになる。
ケーブルテレビ局の出現が大きな転機になったことが分かる。それはなぜなのか。1995年から2010年までの地上波ドラマの基本テーマは、極端にいえば「血縁関係という狭いコミュニティの中の家族ドラマ」「朝鮮戦争を挟んだ家族・企業の一代記」「下層階級から上流階級への復讐譚」が三大テーマだったという。
そこで不可欠なのが、「記憶喪失」と「出生の秘密」だ。評者もいまや日本のドラマをほとんど見ることがなく、ケーブルテレビとネット配信で韓国ドラマばかりという熱烈なファンなのだが、こうしたシーンが出てくると興醒めする。DNA鑑定は定番のアイテムだ。
こうしたマンネリ化した状況に風穴を開けたのが、ケーブルテレビだ。2010年代の話題番組は、ほとんど地上波以外のケーブル局によるもので、tvN、OCN 、JTBCの3局が台風の目になった。ケーブル局はまず企画ありきで、俳優のネームバリューに頼らず、企画に合わせて俳優をキャスティングするのが基本だ。
tvNは、バラエティー番組のスタッフが取り組んだ「応答せよ」シリーズなど、テレビドラマの新機軸を開拓した。藤脇さんは、「特定の俳優でなくても可能なドラマ企画とは何か」というところから始まっている、と分析する。スポンサー提供の地上波ドラマでは考えられないテーマを取り上げている。「刑務所のルールブック」がその例だ。
OCNは映画用に構想された映像を、テレビ放映用に編集して提供するのが特徴だという。聴覚から始まる刑事ドラマ「ボイス」や検察内部の不正をテーマにした「秘密の森」が、それぞれシリーズ化され、高い評価を得ている。
JTBC製作のドラマは、最初から、ある程度大人の年齢層(シニア以前の40~50代)を中心に想定していることだ。社会問題・家庭問題も加味されていて、親会社である新聞社(中央日報)の社会面記事的なテーマが反映されているという。受験競争の狂気を描いた「SKYキャッスル~上流階級の妻たち」などが有名だ。
そして、現在の第4次ブームである。原動力となったのは、「愛の不時着」「梨泰院(イテウォン)クラス」「賢い医師生活」の3作品だとしている。韓国財閥の若き令嬢が、運命のいたずらで北朝鮮に不時着し、北朝鮮の兵士と恋愛するという「愛の不時着」は、「韓国でないと考え付かないアイデアである」と書いている。主役のヒョンビンとソン・イェジンの魅力とともに、北朝鮮の農村の実態がコミカルに描かれているのも興味を引いた。
「梨泰院(イテウォン)クラス」は、飲食業を舞台にした復讐物語である。WEBマンガが原作であり、若い世代向けに熱狂的に支持された。梨泰院は東京でいえば、六本木のようなエリアであり、ガイドブックにも紹介されるスポットである。
「賢い医師生活」は、10年に一つの傑作である、と高く評価している。病院を舞台にした5人の医師たちの日常を描いている。ヒーローも悪役も登場しない。中堅の脇役程度の俳優がキャスティングされたが、「五人の無名性の集合体を一つの主人公=主役として構想された」と見ている。
藤脇さんは、「年齢・性別を問わず、韓国は世界有数の俳優大国である」と書いている。層が厚いので、個性的な俳優が起用されることも多い。「誰にでも俳優になれる素質があると思わせてくれるのが韓国ドラマ」である、と書いているが、まったく同感だ。俳優の多くが大学などで演劇を専攻しているのも、学歴偏重の韓国らしいが、基礎的な訓練を受けているのはメリットだろう。
個性派俳優が多いことは群像劇の到来を意味する。刑務所、病院、警察、大学院、塾、軍隊、商社、テレビ局、中小企業......。財閥がやたらと登場する韓国ドラマだが、その舞台は広い。
藤脇さんは、日本のテレビ製作のスタッフ・演出・脚本・俳優が劣っているわけではないという。しかし、現実的にスポンサーが付くドラマの企画が若い女性向けの作品しか要求されていないのが問題だと考えている。斬新な企画によるネット配信作品の登場を期待している。
本稿ではふれることが出来なかったが、80作品について、かなり詳しく解説している。通常の新書の2倍の分量もある。ネタバレになる可能性もあるので、ある程度見てきた中級者以上のファンに勧めたい。
BOOKウォッチでは、『韓ドラ語辞典』(誠文堂新光社)、『最旬 韓国ドラマ&カルチャーFAN BOOK』(ワン・パブリッシング)などを紹介済みだ。
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