『代償』が50万部を超えるベストセラーとなった作家・伊岡瞬氏の新作『仮面』(株式会社KADOKAWA)には、参った。普通のミステリーだと思い、読み始めたら、どうも様子が違う。「イヤミス界の新たな人気作家」の惹句通り、最初から最後まで不快で不穏な気持ちが抑えられない印象は稀有な体験だった。
識字障害(ディスレクシア)というハンディキャップを抱えながらもアメリカ留学の後、作家・評論家としてテレビで活躍する三条公彦。秘書として雇われた菊井早紀は、彼の「目」としてテレビ出演するうちに、タレントとして出演するよう依頼を受けるが、断っていた。
マネジャー役の久保川克典と三条が二人三脚で、著書デビューからテレビ出演と成り上がっていく経緯とともに、パン屋の妻の白骨死体、高層マンション住まいの主婦の失踪、2つの事件がつながり、「仮面」の真相が明らかになる――というのだが。
三条が「仮面」をかぶっているのだろうという前提で、読者は本書に臨む訳だが、なかなか仮面を外さない。ことさら障害を意識させるような他の出演者の言葉にも反応せず、紳士的で謙虚な態度は視聴者に好感を持たれている。
テレビ局内部の競争や新しいMCに三条を起用する動きなど、メディアの華やかな場面を紹介する一方で、出版デビューまでの舞台裏が、マネジャーの久保川と三条の代理人と称する桑村朔美を通じて描かれる。
出版ブローカーのような仕事もしている桑村は、「本を出してやるから、支度金として100万円拠出しろ」と久保川に要求してきたのだ。本は出たが、さっぱり評判にならなかった。あるお笑い芸人の「アホ。おまえは自分の名前もまともに書けんのか。いっぺん幼稚園からやり直せ」という発言に桑村が嚙みついた。
弁護士を同席させて記者会見を開き、サングラスをかけた女性が「自分の名前が書けません」と涙交じりに発言し、識字障害(ディスレクシア)がちょっとしたブームになり、三条は2冊目の本を出す。サングラスの女性は桑村のアシスタントだった。
出版とテレビ、2つのメディアの「虚飾」を明らかにしながら、ストーリーは展開する。菊井早紀は番組の大スポンサーの社長が自宅の高級マンションで開くパーティーに参加する。早紀はすでに「レディK」という名前でサインを求められる存在だった。スポンサーが早紀を誘惑するというネタを取材すべくマンションに潜入した、週刊誌記者小松崎真由子は、三条に見つかり、同じ時期にアメリカの大学に留学していたと声をかける。それがさらなる惨劇につながるとも知らずに。
こうした面々と並行して主婦の失踪事件を捜査する2人の刑事、小野田静と宮下真人のパートが登場する。白骨死体で発見されたパン屋の妻と失踪した主婦が、ともにアメリカに短期留学していたことを突き止める。女性刑事、小野田の無機質さが印象に残る。
ここからが大団円だが、ネタばれになるので、ストーリーは追わない。「仮面」をつけていたのは、三条ばかりではなく、被害者とされた主婦たちもまた「仮面」をつけていたということが頭に残った。だから、真相の開示は、とても複雑だし、信じがたい内容だ。
冒頭から感じていた不快さは、こうしたことに起因していたのか、と納得した。
殺人事件が起きれば、加害者がいて被害者がいる。加害者が悪であり、被害者は正である。そういう前提で私たちは考える。しかし、事態は複雑だ。現実には被害者を糾弾することはできない。せめてフィクションならと、作者は考えたのかもしれない。
識字障害は、最近注目されるようになった障害だ。それをこうした犯罪を描く作品の題材にするのはどうか、という批判もあるかもしれない。しかし、周到に回避するよう工夫している。
伊岡氏は1960年生まれ。広告会社勤務を経て、2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞、テレビ東京賞をダブル受賞。ほかの著書に『悪寒』『不審者』など。
BOOKウォッチでは、"イヤミス"の女王・湊かなえさんのデビュー10周年記念作品『未来』(双葉社)などを紹介済みだ。
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