「未来を観て、人生を取り戻す」――。
伊坂幸太郎さんの書き下ろし長編小説『ペッパーズ・ゴースト』(朝日新聞出版)は、作家生活20周年超の集大成となる一大エンターテインメント。
帯には「小説を読む楽しさ、面白さに満ちながらうつむく人に前を向かせてくれる伊坂小説の決定版!」とある。
3ヵ月ほど「ああでもないこうでもない」と何度もやり直して行き詰まっていたが、編集者に相談し、自身の得意パターン(「変な超能力」など)を加えることになったという。
「得意パターン全部乗せで(笑)、前向きな気持ちで読み終えられる娯楽小説になりました」(公式著者インタビューより)
本書は、中学校の国語教師・檀先生の話と檀の生徒・布藤鞠子の執筆した小説(作中作)が同時進行する。
布藤の小説には、猫の品種名からとった「ロシアンブル」と「アメショー」というニックネームの2人組が登場する。
ロシアンブルーは冷たさを感じるグレーの毛色で、神経質な性格の猫。一方のアメリカンショートヘアは物怖じしない、活発な性格の猫。これと同じく、ロシアンブルは常に物事を心配し、考えなくても良いことまで思案してばかりの男。一方のアメショーは、前向きで楽観的な男。
5年前、SNS上に<猫ゴロシ>というアカウントがあった。<猫ゴロシ>は猫に虐待を行い、実況し、画像や動画をアップロードしていた。<猫ゴロシ>の視聴者や支援者のことを、<猫を地獄に送る会(ネコジゴ)>と呼ぶ。
ロシアンブルとアメショーは、虐待された猫の飼い主に雇われて<猫ゴロシ>の配信者や視聴者に復讐する「ネコジゴハンター」なのだ。
「僕たちはこれからあの時の猫がされたことを、(中略)するだけだよ。やったことが返ってくる。それだけ。あ、利子の分、少し増えているかも。良かったね」
檀は、布藤から「自作の小説を読んでほしい」と言われる。つまり、読者が読んでいるこの「ネコジゴハンター」の物語は、檀も読んでいることになる。
檀には、他人の翌日の出来事が少しだけ観える力がある。誰かの"飛沫"がかかると、その誰かの未来が観えるのだ。
同じ力を持っていた亡き父は、それを<先行上映>と言った。「まだ誰も、本人すら見ていない場面を、先行的に観ることができるのだ」と。そしてこうアドバイスした。「どうにもならないことはどうにもならない」、「忘れるということを覚えておくんだ」と。
しかし、檀は昔の教え子に対する罪悪感を忘れられずにいた。
「無愛想で何を考えているのか分からない」と思っていた教え子は、卒業後に傷害事件を起こして逮捕された。彼の家庭で起きていたことを知ろうともせず、そう決めつけていたことに、檀はその時ようやく気づいた。
「私はまた担任教師としての使命感、義務感をもって話しかける。(中略)あの教え子の時のようなことは、二度としたくない、という思いがあるだけだった」
ある日、檀は里見大地という生徒の"飛沫"を浴び、大地が翌日乗るはずだった新幹線の脱線事故を観て、乗ることを回避させた。
それがきっかけで大地の父と会うことになるのだが、その後大地の父が行方不明に。すると、檀の周辺に怪しげな人物たちがやって来て......。
怪しげな人物たちは、ある「サークル」のメンバーだった。
5年前に起きた「カフェ・ダイヤモンド事件」。5人の男たちが猟銃を持ち、カフェの客やスタッフを人質に取って立てこもり、29名が亡くなった。
「サークル」は「カフェ・ダイヤモンド事件」の被害者遺族の集まりで、彼らはこれから何かを起こすつもりでいた。檀と「サークル」が交差することで、世界は変転を始める――。
構成も展開もとにかく凝っているのだが、個人的にはアメショーの「メタフィクション」的なセリフにドキッとした。
「僕は、誰かが書いているお話、たとえば小説か何かの一登場人物に過ぎない、そう思うことがあるんですよね。(中略)とにかくこれを読んでいる誰かがいるってことです」
最後に、『ペッパーズ・ゴースト』の意味を引用しておこう。
「劇場や映像の技術のひとつで、(中略)照明とガラスを使い、別の場所に存在する物を観客の前に映し出す手法だ。本来はそこにいない、別の隠れた場所に存在するものが、あたかもいるかのように登場する」
本書公式サイトでは、著者インタビューなどを公開中。作品世界をより深く知ることができる。本書は何度も「え?」と思わされる、体験型の小説という感じだ。
■伊坂幸太郎さんプロフィール
1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞、『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞を受賞。著作は数多く映像化もされている。他の著書に、『重力ピエロ』『ガソリン生活』『AX』『ホワイトラビット』『フーガはユーガ』『シーソーモンスター』『クジラアタマの王様』など多数。
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