「殴られるのも、嘘吐くのも、寂しいのも、ぜんぶ『普通』だと思っていた。でも、人生は変えられる」――。
本書『むき出し』(文藝春秋)は、お笑いコンビ「EXIT」の兼近大樹さん渾身の初小説。7、8年前から構想をスタートさせ、約2年前から本格的に書き始めたという。
主人公と兼近さんが、どこまで一致しているのかはわからない。ただ、数々のエピソードの共通点からして、おおかた自伝小説と言えそうだ。
小さい頃から、殴って、殴られるのが普通だった。誰も本当のことを教えてくれなかった。なぜ自分だけが、こんな目にあうんだろう――上京して芸人となった石山の前に現れる、過去の全て。ここにいるのは、出会いと決断があったから。
兼近さんが芸人をめざすきっかけとなり、作中にも名前が出てくる又吉直樹さんは、帯に「優しい眼差しが 純粋な言葉が 誠実な覚悟が 重要な小説を生んだ。」とのコメントを寄せている。
プロローグは、密閉された灰色の空間で収録が開始されるシーンから始まる。主人公・石山大樹は、お笑いコンビ「entrance」の芸人。
「芸人の枠にハマらないことが一番芸人らしいんだ!」と「美学をぶっこく」のに精を出し、タレントを演じる時は「世間や制作から求められているだろう立ち振る舞い」をなんとなくこなす。
「何がリアルで何が作り物かは、見た人に判断して欲しい。誰かにとって、都合良く切り取られていたとしても、その全てが俺なんだからさ。さながら世間のおもちゃにでもなったような今日この頃の俺だ」
連日、早朝から深夜まで、ロケ、取材、撮影......。深夜から朝までラジオをやってから仕事へ向かう日も。「喜びと苦しさの反復横跳びを繰り返し、感情が息切れしている」。
26時にロケが終わり、タクシーにぶち込まれる。自宅から少し離れた場所で降り、夜空の星を浴びる自分に酔いながら歩く。するとその時、背後から声をかけられた。「石山さんですよね?」「週刊文春です! 何の件かわかりますか?」――。
「突如、夢から目が覚めたのに、まだ夢の中にいるような感覚に陥り、さっきまで、"いや今まで歩いてきた道"が実は暗かったことを意識した。そして言われずとも、自身の過去のことだと確信した」
ここから一気に小学生の頃に遡る。本書のメインは、石山が自身の過去を回想するパートとなる。「壮絶な生い立ち」という表現では足りない、想像のはるか上を行くショッキングな描写が続く。
石山は、パパ、ママ、にーちゃん、ねーちゃん、いもーとの5人家族。近くにジジ、ババが住んでいる。パパの会社は倒産したが、ママが工場で働き、夜は酒を飲む仕事をして、なんとか生活していた。
「言うことを聞かない奴は泣かす」「意地悪する奴は本気で殴る」という正義感から、石山は相手を罵倒する、殴る、蹴るを繰り返す。根底にあるのは、「ずっとみんなと違う」という思いだった。
「生まれた場所でこんなに違うのかよ。可哀想だろ。(中略)いやだ。なんかぜんぶいやだ。何したらいい? どうしたらいい? 誰が助けてくれる? いい子にしてたって何の意味もねぇよ! 笑っちゃうね」
中学生になり、問題行動はエスカレート。同時に、「なんで俺だけ......」とイライラして人を殴る理由を探す自分に「なんか俺、ダサくねぇか?」と、虚しさを感じ始める。
結果的に芸人になるわけだが、あれこれやらかしてきた石山は、何をきっかけに「裏」から「表」へ這い出たのか。その道筋がなかなか見えてこない。こんなにハラハラさせられる主人公もめずらしい。
「全部やりたくないことから逃げる為の言い訳だっただろ? 生まれの所為(せい)にしてたんだろ。じゃないと自分を保てなかったかのように。可哀想な僕を演じていた?」
2011年11月、石山は売春防止法違反の疑いで逮捕された。当時思いを寄せていた子から1日3冊、本の差し入れがきた。狭い部屋にいるのに、世界はどんどん広がっていく。石山は芸人という「夢」を持った。
「売れたら本を書いたりなんかして、誰かが檻の中で俺の本を読んでくれたりしてさ、一人じゃないよって、一緒だぜって、同じ階層に連れ出す階段になれたらいいよなぁ」
軽快な文体で、笑いをとることも忘れない。ただ、エピソード自体はその真逆で、中には笑えないものもあった。さらさら読めるのにずしんと来る。あらゆるものをむき出しにした本作は、幅広い層に響くだろう。
■兼近大樹さんプロフィール
1991年北海道生まれ。お笑いコンビ「EXIT」として活動中の漫才師。また、音楽活動や洋服ブランドのプロデュースなど、芸人の枠を超えて幅広く活動している。本書が初の小説作品となる。
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