「子供が出来ない理由が、自分の種のせいだったなんて」――。
放送作家の鈴木おさむさんと森三中の大島美幸さん夫妻は、2002年に「交際0日」で結婚。2度の流産を経て14年に大島さんは妊活休業を発表し、人工授精により妊娠、15年に出産した。
大島さんが妊活休業に入る前、鈴木さんはお願いされて「精液検査」を受けた。結果、精液の状態があまりよくないことが判明。その時、自分の問題も大きいことに気づけたそうだ。
本書『僕の種がない』(幻冬舎)は、鈴木さんが種(精子)にフォーカスして「男性不妊」のリアルを描いた「衝撃の男性不妊小説」。不妊や流産の原因は女性にあって、男性は関係ないと思われがち。この状況を少しでも変えることができないかと考え、2016年の末から本作を書き始めたという。
ドキュメンタリーディレクターの真宮勝吾は、情報番組で「今日、生まれました」というコーナーを企画。それは、出産直後の女性が子供を抱きながら、新しい生命をこの世に生んだ感想を語るというものだった。
出演者の中には、「無精子症」の夫と精子バンクを利用して妊娠した妻、というカップルも。その頃20代前半だった勝吾は「無精子症」という言葉を知らなかった。勝吾が調べてみると、以下のことが分かった。
「無精子症」とは、精液の中に精子がない状態。100人のうち1人にその可能性があると言われている。「無精子症」は「閉塞性」と「非閉塞性」の2つに分けられる。
「閉塞性」は、精巣で精子が作られているのに、精子の通り道が塞がっていて精液に精子がない状態。「非閉塞性」は、精巣で精子がほとんど作られていない状態。「無精子症」の8割近くが「非閉塞性」と言われている。
「不妊で悩む夫婦は多い。奥さんが原因だと思っていたが、実は旦那の精子に問題があったとしたら......。しかもそれが無精子症だと分かったら......。その現実を受け止めきれない男性は多いだろう」
本作の2番目の主人公は、人気芸人コンビ「入鹿兄弟」の兄の一太。一太は41歳、弟の三佑は38歳。不良上がりの2人は10代でオーディションに合格。不遇の時代を経て、今や生き様を見せて笑わせる芸人として超売れっ子になっていた。
40歳になった勝吾は、ドキュメンタリーディレクターとしてトップに食い込んでいた。「入鹿兄弟」と面識はなかったが、兄の一太から思わぬオファーが入る。
「世の中にはまだ言ってないので、オフレコでお願いします。僕ね、癌になったんです。医者に余命宣告もされたんです。だからね、僕が死ぬまでを撮ってほしいんです。あなたに」
勝吾は「入鹿兄弟」が好きでも嫌いでもなかった。ただ、自分には作れないおもしろいものを作る彼らに嫉妬していた。それが今、嫉妬していた人から死ぬことを告白され、ドキュメンタリーを撮影してほしいと言われている。勝吾は驚き、興奮した。
「人気芸人が癌になり余命宣告を受けてからの日々をドキュメンタリーとして撮影する。テーマとしてこんなに最高なものはないと思った」
一太は結婚して5年になるが、子供はいなかった。そこで勝吾は、このドキュメンタリーをもっと「おもしろく」するための「仕掛け」を一太に提案する。
「ここからなんとか子供を作りませんか?(中略)もしこれまでお子さんを作ろうと思っても出来なかったなら、不妊治療に挑んでみませんか? 最後まで。どんな力を使ってでも」
しかし一太は、「非閉塞性」の「無精子症」だった――。
作品のためなら人を傷つけるのもやむなし。そんな勝吾の姿勢は冷たい感じもする。一太の本音はどうなのだろう。読みながら気になっていたところで、こんな場面が。
一太 「はっきり聞きますね。僕らのことを考えてですか? 自分のためですか?」
勝吾 「自分がおもしろいと思える作品を作りたい。これが自分の中の背骨。それが一番。そして二番目に、この作品をきっかけに、未来につながる何かを残したい。それが僕の本音です」
本書は「小説幻冬」2017年3月号~2018年5月号の連載「僕の種の問題」を加筆・修正したもの。小説でありながら、迫真のドキュメンタリーを観ているかのようだった。勝吾が職業柄、鈴木さんの分身のようでいっそうリアリティがある。
「おもしろい」を追求する男たちが、本音を晒し、命を削って作るドキュメンタリー。そこに込められたメッセージを、ぜひ本書を読んで(観て)受けとってほしい。
■鈴木おさむさんプロフィール
1972年生まれ。放送作家。多数の人気番組の企画・構成・演出を手がけるほか、小説『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』『名刺ゲーム』、エッセイ『ブスの瞳に恋してる』、ドラマ「奪い愛、冬」「M 愛すべき人がいて」の脚本の執筆など、多岐にわたり活躍。
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