東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんは、映画「新聞記者」の原案者として知られる。「i-新聞記者ドキュメント」(いずれも2019年公開)は、望月さんを追った社会派ドキュメンタリーで、走り回る望月さんをとらえていた。菅官房長官(当時)の記者会見での鋭い質問と粘っこいやりとりで有名になった彼女だが、その後あまり姿を見る機会がなくなり、どうしているのか? と思っていたところに、本書『報道現場』(角川新書)が出て、健在ぶりを知った。
望月さんの姿が記者会見から消えた経緯から本書は始まる。2020年4月8日を最後に、新型コロナウイルスを理由として、官房長官の定例会見への出席が1社1人に制限されるようになった。こうなると官邸取材のメインである政治部記者以外は出席できなくなる。案の定、社会部記者である望月さんはまったく出席できなくなった。
17年6月に初めて官房長官会見に出席して以来、望月さんに「質問させないように」「参加させないように」する試みは6段階でエスカレートしたという。官邸側の姑息なやり口には怒りを覚えるばかりだが、内閣記者会の他社の記者の態度にも疑問を感じないわけにはいかない。安倍政権による「分断」は、マスメディアにも深く浸透していたのだ。
会見に入れない状況の中で、望月さんが最後に菅長官に質問する機会を得たのは、20年8月28日に安倍首相が辞任を表明した、5日後のことだ。菅氏が自民党総裁選への立候補を正式に表明し、その出馬会見が行われた。フリーランスを含めたすべての記者に対してオープンだったので、望月さんも駆けつけた。
あと2問というところで、指名された。菅氏とのやりとりは5カ月ぶりだった。
「答弁書を読み上げるだけでなく、長官自身の言葉で、生の言葉で、事前の質問取りをないものも含めて、しっかりと会見時間を取って答えていただけるのか。その点をお願いいたします」
菅氏は語気を強めてこう即答した。
「限られた時間のなかで、ルールに基づいて記者会見というものを行っております。ですから早く結論を、質問すればそれだけ時間が浮くわけであります」
前方に座っていた記者たちからは笑い声が漏れ、望月さんはさらし者になったと感じた。
日本学術会議の任命拒否問題、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)の女性蔑視発言問題などをどう取材し、報道したかなど、最近の仕事について触れている。中でも特筆すべきは、名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した事件の報道だ。
どういう事件だったのか、メディアの扱いに温度差があり、何が問題なのかが分かってきたのは、ずいぶん後になってからだ。折しも入管法の改正案が国会に提出されていた時期で、事態は進行していく。
入管の権限を強化し、外国人の監視と排除をより強化することを目的としていることに気がついた。規制を強化させた要因の一つに、東京オリンピックがあったと望月さんは見ている。
東京新聞の中でも、「ウィシュマさん問題と難民問題は関係ない」という一部デスクもいたが、望月さんは動いた。上川法務大臣の会見に行って質問し、社内でバトルしながらも記事を書き、ツイッターでつぶやいた。
ウィシュマさん問題は次第に他のメディアも取り上げるようになり、入管法改正法案への関心も高まり、国会前デモも行われた。デモを主催したのは18歳の高校生だった。5月18日、法案は廃案になった。
入管庁は8月10日、ウィシュマさん問題に関する「最終報告書」を発表したが、満足な内容ではなかった。望月さんが法務省、入管当局を批判するのは、よりよい入管制度を生み出し、日本社会での外国人に対する人権意識が変容することにつながる、と確信しているからだ。
新聞記者が書いた本は、概して手柄話を披露するものが多いが、最近は自らの取材方法やあり方を問い直すものも少なくない。本書も第2章で過去の自分を振り返っている。駆け出しの頃、県警や地検の幹部に嫌がられながらも自宅を回っていた。当局取材を否定するつもりはまったくないが、反省もある、と書いている。
当局取材への偏重を反省し、調査報道を意識して取材するようになったとも。「i-新聞記者ドキュメント」は、そうして飛び回る姿を活写した映画だった。資料を詰めたキャリーケースをひきずり移動するのが印象に残った。
映画「新聞記者」を新たな物語として作り上げたNetflixシリーズ「新聞記者」が、米倉涼子さん主演で、2022年1月13日から配信される。これを機会に、ふたたび、権力と報道との関係にスポットが当たることを期待したい。
BOOKウォッチでは、関連で『権力と新聞の大問題』(集英社)、『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社)、『悪だくみ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』 (文春文庫) 、『報道事変 ――なぜこの国では自由に質問できなくなったか』 (朝日新書) などを紹介済みだ。
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