「この作品を推すために選考会に臨もうと、読み終わった瞬間、強く心に決めました」と辻村深月さんが激推しする、期待の実力派新人のデビュー作とは。
圧倒的リアリティで「入れ替わり」を描いた、第12回「小説 野性時代 新人賞」受賞作『君の顔では泣けない』(KADOKAWA)が9月24日に刊行された。
本書は、君嶋彼方さんのデビュー作。各方面から熱い反響が殺到し、発売前に重版が決定したというから期待が高まる。
てっきり「入れ替わり」はある一定期間の出来事かと思いきや、本書の設定は「入れ替わって元に戻れないまま、15年が過ぎた」というものだった。
あらすじは以下のとおり。
高校1年の坂平陸とクラスメイトの水村まなみは、プールに一緒に落ちたことをきっかけに体が入れ替わる。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは2人だけの秘密にすると決めた。
しかし、"坂平陸"としてそつなく生きるまなみと異なり、"水村まなみ"にうまくなりきれない陸。もう元には戻れないのか。男として生きることを諦め、"水村まなみ"としての人生を歩み出すべきなのか。
迷いを抱えながら、高校卒業、上京、結婚、出産......と、陸は"水村まなみ"として人生の転機を経験していく――。
KADOKAWAのサイトでは、本書の試し読みができる。そこから一部紹介しよう。
「年に一度だけ会う人がいる。夫の知らない人だ」――。この意味深な一文で物語は始まる。
夫と娘がまだ寝ているうちに家を出て、東京駅から新幹線で故郷へ向かう。男と待ち合わせ、喫茶店へ入った。
「で、どうですか、最近は」と男が尋ねてくる。「夫も子供も元気だよ」と答えると、「今は水村じゃなくて、なにさんになったんだっけ?」「蓮見。大丈夫、俺も未だにいまいちしっくりきてないから」......と会話は続く。
ここで「俺?」と混乱するかもしれない。じつはこのシーン、"水村まなみ"として生きる陸と、"坂平陸"として生きるまなみが、1年ぶりに再会したところなのである。
「十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない」
それまでろくに喋ったことすらなかった2人の身に起きた「入れ替わり」。翌朝起きたら元に戻っているかもしれないと期待しながら、思いつく限りのことを試した。しかし、元には戻らなかった。
「いつ元通りになるかなんて分からない。でもきっとその時が来ると信じて、お互いを完璧に演じ続けるしかない。俺は水村まなみを失敗してはいけないし、水村は坂平陸を失敗してはならない」
陸の"水村まなみ"としての、まなみの"坂平陸"としての長い人生は、こうして始まった。
文芸WEBマガジン「カドブン」では、著者インタビューを公開している。
著者自身、「『入れ替わり』は正直、使い古されているといっても過言ではない」としながらも、「入れ替わり」の設定を選んだ理由とは。
「それだけ溢れているのに、『入れ替わったこと自体への苦悩』をしっかり描いている作品はあまりないな、とふと思いました。(中略)もっと『入れ替わり』に焦点を当てた作品があってもいいのでは、と考えました」
「入れ替わったまま戻らない」「入れ替わった男女が恋愛関係に発展しない」というのもあまり見かけないことから、「そういった作品を書こう、と思い執筆しました」と答えている。
第12回「小説 野性時代 新人賞」の選者たちも、単なる「男女入れ替わりもの」ではない新しい試みを高く評価している。選評から一部抜粋して紹介しよう。
「作中のような運命でなくとも、選べない運命や人生と格闘する、そんな私たち読者に対するエールのようにも読め、この作品を世に送り出せることが心から嬉しいです」(辻村深月)
「現代のジェンダー議論を余すところなく受け取り、あるいは抵触するところを上手に切り分け、かつ全てを登場人物の個性や、個人的な人生の選択としてとらえなおしたところに、高い筆力だけでなく書き手の精神的成熟、また現代に適した眼差しを感じさせられる」(冲方丁)
「自分の身体を受け容れていくむずかしさや、家族同士のコミュニケーションのむずかしさ、実存的な不安など、我々が生きていくにあたってぶつかるさまざまな問題を、新鮮なかたちで浮き彫りにしている」(森見登美彦)
発売に先立ち、本書を読んだ書店員からも、「これがデビュー作とは!」との声が続々と寄せられているという。入れ替わってからの15年間にどんな経験や感情があったのか。これはもう、最後まで読まないと気が済まない。読者を惹きつける引力がすごい作品だ。
■君嶋彼方さんプロフィール
1989年生まれ。東京都出身。「水平線は回転する」で2021年、第12回「小説 野性時代 新人賞」を受賞。同作を改題した『君の顔では泣けない』でデビュー。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?