「『ずっとトモダチ』って言ったのに。罪を記憶に閉じ込めて、私たちは大人になった」――。
辻村深月さんの2年ぶりの長編小説『琥珀の夏』(文藝春秋)が刊行された。子どもの白骨死体が発見されたニュースを機に開かれる30年前の記憶の扉。幼い日の友情と罪があふれだす。「ずっとトモダチ」のはずだった2人は、「忘れて大人になった者」と「取り残された者」になっていた。
「子ども時代の記憶は残酷だ。(中略)断片は思い出せるのに、夏の間だけの友達の姿は、今、像を結ぼうとすると、夢のようにぼんやりしている」
大人になる過程で忘れてしまった幼い日の友情や罪が、自分にもあるかもしれない。自分は覚えているけれど、あの子はもう忘れてしまったかもしれない......。そんな思いを巡らせつつ、物語の続きが気になって500ページ超の大長編ながら一気読みした。
物語は、弁護士の近藤法子と<ミライの学校>事務局の田中が会議室で向き合っている場面から始まる。
「<ミライの学校>の跡地から見つかった遺体が自分の孫かもしれない」という依頼人の求めを受け、法子は代理人として田中のもとを訪れていた。田中は、法子より年がだいぶ上に見える。"外"の相手と話すことに慣れていない様子で、「うちは無関係ですよ」と法子を突き放す。
<ミライの学校>。そこには木造の、木洩れ日がきれいな<学び舎>、森の中の道なき道の先にある青い屋根の<工場>、先生との<問答>、森の奥に佇む<泉>があったことを、法子は思い出す――。
事の発端は、「団体施設跡地で女児の遺体発見か」と報じられたことだった。現場は、静岡県内にある<ミライの学校>の跡地。2001年に<ミライの学校>が販売する飲料水に不純物が混入する事件が起きた。2002年に閉鎖されるまで、<ミライの学校>では多い時で100人近い子どもたちが親と離れて共同生活を送っていた。
「カルト的」な団体が起こした事件として報じられた、今回の遺体発見。しかし、法子の知る<ミライの学校>と「カルト的」という言葉は結びつかないものだった。
法子は小学4年生から6年生まで毎年<ミライの学校>に行き、夏休みの1週間を過ごしたことがある。ただ、画面の向こうから<ミライの学校>という名前を聞くまで、すっかり忘れていた。もっと言うと、忘れていた、という認識すらなかった。
「当時の法子にしてみれば、それはとても大きなことだったはずなのに、今の今まで、思い出すことがなかった。けれど、一気に扉が開いていく。思い出していく」
遺体発見のニュースから1か月近く経過した頃、いくつかのことがわかってきた。遺体は30年近く前のもの、年齢はおそらく8歳から12歳、小学校3年生から6年生ぐらいである可能性が高いという。
法子は今年40歳になる。合宿に行った夏は、10歳から12歳。遺体で発見された女児は、生きていれば法子と同い年ぐらいということになる。法子が一番に思い出したのは「ミカちゃん」だった。遺体が知っている子でなければいい。「ミカちゃん」でなければいい。そう思うと同時に......
「見つかったのは、ミカちゃんなんじゃないか。私も、あの夏、あそこにいた。だから、そうじゃないかと思ってしまう」
小学生の頃のノリコは、勉強はできるが「地味な子」に分類されるタイプで、友達もあまりいなかった。クラスメートに誘われて行った<ミライの学校>の合宿。友達ができるだろうかと不安気なノリコに声をかけてきてくれたのが「ミカちゃん」だった。
「ミカちゃん」は、合宿だけに来ているノリコたちとは違い、親と離れて<ミライの学校>で暮らしていた。同い年なのに、ノリコにはとても頼もしく感じられた。5年生の夏も、6年生の夏も、ノリコは「ミカちゃん」に会いたくて合宿に行った。
しかし、最後の合宿で、ノリコは「ミカちゃん」に会えなかった。たくさんいる子どもたちの中に、彼女はいなくなっていた――。
そして冒頭の場面へとつながる。依頼人だけではなく、法子もまた、遺体は自分の知っている「彼女」かもしれないと思いながら田中に情報を求めると、吐き捨てるように田中はこう呟いた。
「――ずっと、ほうっておいたくせに」
法子は、この言葉が自分に向けられたもののように感じた。白骨死体が発見されるまで、あそこのことを忘れていたことを責められたのだ、と。法子が思った以上に、この呟きは「心の深い場所に刺さっていた」。
「時を止めて、思い出を結晶化していたのと同じことだ。琥珀に封じ込められた、昆虫の化石のように」
「傷つかない場所から、琥珀の中に封じ込めた自分の思い出を眺め、感傷に浸っていたことを、(中略)見透かされた気がした」
辻村さんは「自分の中にある子ども時代というものについて、のぞき込むような気持ちで書きました」とコメントしている。ひょっとしたら誰にでも「琥珀に封じ込めた思い出」はあるのかもしれない。
ネタバレに注意して紹介してきたが、最後に1つ。途中までうっすら想像していたものとはまるで違う方向へと物語が展開していく、と伝えておきたい。
■辻村深月さんプロフィール
1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。
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