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カンボジアの闇に飛び込む熱いストーリー、桐野夏生さんの新作

インドラネット

 桐野夏生さんの新作『インドラネット』(株式会社KADOKAWA)は、日本人の青年がカンボジアに親友の消息を尋ねるというストーリーだが、一歩足を踏み入れると逃れられない熱帯の闇と熱気がまとわりつくような物語である。

 八目晃は高校時代の同級生で、唯一自分に親しくしてくれた野々宮空知の父親の訃報を知らされ、通夜に行く。

 頭がよく、運動神経は抜群で美少年だった空知。7歳上の橙子は、空知を女にしたような美貌の持ち主でファッションモデルに。3歳下の藍もまた美少女として注目されていた。

 大学生になり疎遠になった空知は、アジア旅行に出て帰ってこなかった。同じ時期に姉妹も海外に出た。彼らの消息を知りたいと通夜に行ったが、姿はなく、逆に橙子の元夫と称する安井、また藍のマネージャーだったという三輪という男たちから報酬を条件に、3人を探しにカンボジア行きを依頼される。怪しげな男たちが登場し、きなくさい予感がする。

 八目は共感を呼ばない人物として造形されている。ゴミ屋敷のような部屋に住み、契約社員として働く会社では、セクハラ的な発言で女性社員らから糾弾されていた。会社をクビになり、無為な日々を過ごしていたが、三輪に恫喝され、しぶしぶ日本を経つ。

 海外旅行も初めてという八目は、旅慣れた旅行者たちから見たらカモのような存在だ。機内で知り合った女性から紹介された安宿では、30万円もの現金を盗まれる。同室の女性のアドバイスでゲストハウスのアルバイトとして働くことになった八目。まかないを食べる隣のしもた屋の婆さんの流暢な日本語に驚く。彼女はポル・ポト政権時代の虐殺で家族を失い、難民として日本に逃れた経験を持つ親日派だった。彼女の助けを得て、本格的に旧友の消息を探し始めるのだが......。

 誰が味方で、誰が敵なのかが分からない泥沼にはまり込んだような気分になる。だが、あまり共感できなかった八目という主人公をだんだんと応援したくなるから不思議だ。「失われた世代」の非正規労働者の一人だった八目が、海外で自分を回復していく物語としても読むことが出来る。そして、裕福な成功者が営んでいたと思われた野々宮家の真実が明らかになる。

アジアにある日本人コミュニティー

 本書を読みながら、思い出した本がある。以前BOOKウォッチでも紹介した『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イースト・プレス)である。

 アジアをまたにかけキャバクラで働いたカワノアユミさんの体験記だ。どこの国にも女性のいる飲食店、風俗店はあるだろうが、「キャバクラ」というすぐれて日本的な業態の店が他の国でもあるのか、と言えばあるのだ。

 アユミさんが勤めた海外キャバクラは、香港、タイ・バンコク、シンガポール、カンボジア・プノンペン、ベトナム・ハノイと5つの国・地域にわたる。現地の人や外国人客が来ない訳ではないが、ほとんどが日本人の客だ。日本企業の現地駐在員、日本からの出張客もいれば、何をやっているのか分からない客、ほとんど犯罪者みたいな客もいる。海外キャバクラは、日本人の集まる小さなコミュニティーとなっている。

 本書にキャバクラは出てこないが、似たような日本人のコミュニティーが登場する。アジアに進出しているのは、まっとうな企業ばかりではない。日本にはいられない、日本を食いつめた人たちが、アジアの街の底辺に滞留している。主人公の八目がそうした社会の中でいかにして空知に近づいていくのか、ゲームをしているような感覚も楽しむことが出来る。

 もう一つの補助線が、カンボジアの現代史と日本との関係だ。折にふれて八目を助けてくれる婆さんは、こう語る。

 「カンボジアの人間は、みんな辛く悲しい思いをしてきたんだ。だけど、私は日本に難民として受けいれてもらったんだから、あり得ないほどの幸せを得られた。本当に恵まれていたんだよ。それで悲しいなんて言ったら、罰が当たる」

 婆さんは、日本ですばらしい人たちに出会ったから親日的である。だが、いまベトナムなどから外国人労働者として来日した人々の悲惨な待遇が問題になっている。コロナ禍の今、さらに深刻な事態になろうとしている。日本は結局、アジアの人たちとどう付き合っていこうとしているのか、将来「反日的」な人々を作り出すことになるのでは、そんなことを考えさせられた。

 美しい3人のきょうだいの「真実」を最後に知り、自分が知らないところで、日本とアジアは確かにつながっていることを確信するに違いない。

 BOOKウォッチでは、カンボジアを舞台にした小川哲さんのSF小説『ゲームの王国』(早川書房)と、タワーマンションを舞台にした桐野さんの小説『ロンリネス』(光文社)、『国家と移民――外国人労働者と日本の未来』 (集英社新書)も紹介している。



 


  • 書名 インドラネット
  • 監修・編集・著者名桐野夏生 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2021年5月28日
  • 定価1980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・373ページ
  • ISBN9784041056042

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