評者の大森望氏(翻訳家・評論家)が「今年の日本SF、最大最強の傑作」と推しているので、上下2冊の大著を買った。カンボジアが舞台らしい。外国が舞台の小説は苦手だ。はたして大丈夫か? と恐る恐る読み始めたが、まったくの杞憂に終わった。一気に読了した。著者の小川哲は東大大学院総合文化研究科博士課程在籍中で、2015年に『ユートロニカのこちら側』でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した若手だ。
ポル・ポトが率いるクメール・ルージュによって虐殺されたカンボジア人は100万人を超えるとされ、今も正確な数字は分からない。少なく見積もっても国民の1割以上が新しい国家建設の美名のもとに虐殺されたのだ。そんな先入観があるから、ポル・ポト(本名サロト・サル)の隠し子とされるヒロイン、ソリヤの言動には細心の注意をもって読み進んだ。ソリヤと並ぶ主人公がムイタックだ。辺境の小さな村で育った天才児。初めてソリヤと出会ったときに、その美しさと聡明さにこころを惹かれる。「普通にゲームをしたら勝てないね。何か君に勝てるゲームはないかな」。題名にもなっている「ゲーム」への強い関心が、本作の基調となっている。
上巻は大森氏が「狭義のSF要素はほぼゼロ」と書いているように、内戦下とクメール・ルージュ制圧下のカンボジアの農村での陰惨な人々の暮らしがリアリズムで描かれる。他人のウソが見抜けるという特技を持つソリヤと論理に秀でたムイタックは、どうにか密告と粛清の「革命」の時代を生き延びるが、決定的に決別する。
下巻は2023年の近未来のカンボジアに飛ぶ。ソリヤは理想とする「ゲームの王国」=国家を実現すべく政治家として頂点に立とうとしていた。一方ムイタックは医科大学の教授として脳波測定を利用したゲームを開発していた。完成すれば、世界は変わると信じて......。二人は半世紀後、ふたたび「ゲーム」で対決する。
最後まで読み、読者はなぜ本作の舞台がカンボジアであったか納得するだろう。自身はフランス留学帰りのエリートだったポル・ポトは、政権を取ると、徹底した知識人の排除、都市の破壊を行い、子どもが親や大人を殺すといった非道が行われた。100万人以上が犠牲になりながら、特別法廷ではポル・ポト派指導部は誰ひとり死刑にならなかった。そんな「不思議の国」であるからこそ、本作はSFでありながら異様なリアリズムを持続するのである。
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