「夜の支配者にのしあがった男。霧降るこの町で、女たちに残した記憶。謎めく彼をめぐる8人の女の凍えるノワール」――。
「ノワール」とは、フランス語で「黒」を意味する。「ノワール小説」とは、犯罪や暗黒街をテーマにしたもの、暗黒小説。
桜木紫乃さんの著書『ブルース』(文藝春秋)は、昭和から平成の釧路を舞台に、貧しく苛烈な少年時代を経て成熟していった男の生涯を描いた「釧路ノワール」。2014年に単行本として刊行され、17年に文庫化された。
「死に場所を求め、生きる女。裏切りの果てに辿り着いた終焉の地とは」――。
そしてこのたび、『ブルース』の続編となる本書『ブルースRed』(文藝春秋)が刊行された。これは男の娘を「新たなダークヒロイン」として描いた「ノワール小説の極北」。帯には「『ホテルローヤル』『家族じまい』を経てデビュー20年目の最高傑作!」とある。
前作『ブルース』の主人公・影山博人は、霧たちこめる釧路の「崖の下」で生まれた。博人の手には、指が6本あった。自らの「過剰」を切り落とし、夜の支配者にのしあがり、52歳でその生涯を閉じるまでが、8人の女たちによって語られる。
「心とか恋などといった感情を受けとる場所が最初から欠落しているような、恐ろしい気配。女のからだを欲望の容れものに変えてしまう指先。つよく突き上げてくる腰」
性的にも人間的にも女たちを魅了してやまない博人。骨抜きにされた女たちは博人を想いながら、悔しさ、憎しみ、ときに殺意を抱くこともあった。
ここでは、今作『ブルースRed』に密接につながっていく話を紹介しよう。
博人は、市長選初出馬の酒屋の店主・松浦雄太から資金繰りを頼まれ、表に出てこない金や人の動きを引き受けていた。松浦の市長当確が発表されるころ、松浦の女房は妊娠7か月を迎えていた。公にはなっていないが、子の父親は博人だった。
博人はほとんどの女たちと性的関係をもったが、一緒にいることを選んだ女の連れ子・莉菜とはそうならなかった。
「莉菜、お前は悪い女になるといい。足の下にあるものを根こそぎ踏んづけて行け。(中略)男と違って女のワルには、できないことがないからな」
そして今作『ブルースRed』では、影山莉菜は釧路の街を裏社会から牛耳る「ダークヒロイン」として登場する。
「莉菜が父から学んだのは『やるときにやるべきことをやる』だった。『や』の文字は『殺』になることもあるし『演』にもなる。そこに一切の情を挟まずにいれば、傷も血も最小限で済むのだ」
莉菜は亡父・博人の血をひく松浦武博を後継者として育て、官僚から代議士への道を歩ませようとしていた。武博が時間をかけて博人になっていく傍らで、武博を押し上げるため力を尽くす。そしていつか、自分はすっきりとこの街から消えようと考えていた。
「男と違って女のワルには、できないことがない」――。この言葉を信じて最後の仕事をやり遂げたとき、莉菜がつけた「人生の後始末」とは。
とりわけ印象的だったのは、『ブルース』で博人が女たちとしょっちゅう繋がるのとは対照的に、『ブルースRed』で莉菜が抱かれるのはある男だけということ。「極道の妻」のイメージから離れ、1人の女としての顔が見える希少なシーンだった。
もう1つは、釧路の街や自然を物語とリンクさせて効果的に描写していること。たとえば......
「この街は莉菜にとって、板子一枚下は地獄の場所だ。もっとも、街を乗せた湿原自体が水に浮く泥炭層で出来ているのだから、なにかの弾みで街ごと海へ漕ぎ出してもなんの不思議もない。そのときは次の岸まで航海するだけだ」
「本の話」では、「『ブルース』をめぐる釧路の風景」が公開されている。桜木さんの出身地であり、本シリーズの舞台である釧路を、ご本人が紹介していて興味深かった。
「守りたいものがあれば いくらでもワルになれる。そんな女を書きました」
――桜木紫乃
読者は数々の闇を目撃することになる。なんともドスがきいていて、これが「ノワール小説」というものか! と唸った。
■桜木紫乃さんプロフィール
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。『風葬』『起終点駅(ターミナル)』『裸の華』『砂上』『ふたりぐらし』『光まで5分』『緋の河』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』(共著)、絵本『いつか あなたを わすれても』(オザワミカ・絵)など、著書多数。
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