「世界が、色づいている。先生との出逢いが、私のモノクロの人生を鮮やかに彩らせた」――。
小説現代長編新人賞を史上最年少で受賞した珠川(たまがわ)こおりさんの著書『檸檬先生』(講談社)。発売約1か月で重版が決定するなど、「十八歳が放つ鮮烈なデビュー作」として注目されている。
物語のテーマは「共感覚」。あまり聞き慣れない言葉かもしれない。
関西学院大学・長田典子教授によると、文字や数字に色がついて見える(色字)、音を聞くと色が見える(色聴)など、通常の感覚に加えて別の感覚が無意識に引き起こされる現象のことだという。
その独特な感性を持つのが、本書の主人公である。
「僕は音に色が見えたり、人が色に見えたり、数字が色に見えたり、名前が色に見えたりします。(中略)共感覚はそんなに知られているわけじゃないから、僕はただの変な人でした。でも僕は同じ共感覚を持つ先生に会いました」
「私の十年来愛した女性は、今私の目の前で」――。
物語の衝撃の結末を、読者は1ページ目で知ることとなる。そこから10年前に遡り、2人が出会った年の春、夏、秋、冬......と物語は進んでいく。
私立小中一貫校に通う小学3年生の私は、「"色ボケ"やろー」としてクラスメイトから撥ね除けられていた。
「色ボケやろーという蔑称は、私には強く刺として刺さるものだ。その言葉は一種の線引きだった。奇行ばかりの私は線の外側にいる」
いったい私のどのあたりが「変な人」なのか。
まずは「音に色が見える」から説明しよう。私の場合は「黄、黄緑、緑、青緑、緑みの青、青、青紫、紫、赤紫、赤、赤橙、黄橙」の12色相環を見ると、「レ、レ♯、ミ......」と12の音が思い浮かぶ。この音を弾けば、色相環が思い浮かぶ。
では「数字が色に見える」とはどういうことか。私の場合は1が白、2が赤、9がピンクに見える。そのため、1×2=2とはならず1(白)×2(赤)=9(ピンク)となる。「数字を見た瞬間にそれが脳味噌の中で色として焼き付いて、色同士を混ぜ合わせて出来た色が答え」なのだった。
「(担任から)そう言えばまた怒鳴られた。黒い。黒黒。世界はモノクロだ。黒ばかり。何もかも塗りつぶす。染め抜いた漆黒」
勉強は理解できない。音楽も図工もまともに参加しない。悪目立ちしていた私は、決定的に「異端」とされていた。
ある日、唯一心安らげる場所だった音楽室で、私は中学3年生の少女と出会う。少女の瞳は檸檬色。切れ長の瞳と、すっとした鼻梁が目立つ、白い肌の少女。少女もまた、孤独な共感覚者だった。
そこで私は少女から「共感覚」という言葉を教わる。「音が色と、色が音と、」「それから数字が色」「それと、人が色に見えるし、名前も色になる、から、人の名前覚えるの苦手」と私が言うと......。
少女 「どうせ名前聞いても覚えらんないし、キミのこと少年って呼ぶわ」
私 「そんなら、僕もあなたのこと『檸檬先生』って呼んでもいい?」
共感覚者、クラスの嫌われ者という共通点を持つ2人は意気投合し、この日から音楽室で何度も会うようになる。計算方法、音楽、共感覚のセーブの仕方、絵の描き方......など、先生は私にあらゆることを教えてくれた。
ここで1つ補足しておくと、私は自分のことを心の中では「私」、人前では「僕」と言う。一方の先生は言動が荒っぽく、「綺麗なのになんだか損をしている」と私は思うのだった。
互いにとって「唯一」の存在になっていく先生と私。しかし、2人は似ているようで同じではなかった。そのうち私の色や音の感じ方に変化が現われたのである。
「言われて初めて気がついた。(中略)どうしてだろう。違和感は全くなかった。(中略)それが本来の、普通であるべきということだったのだ。そう思うと、世界から一気に色と音が消えた。静かで、透明な世界を、私はただ美しく思えた」
私の世界が鮮やかに広がっていく一方で、先生は音楽室に来なくなった。そうして迎えた中学部の卒業式。久々に会った先生は、私に笑ってこう言った。
「少年、普通に生きろよ。このままいつも通り、普通に生きろよ」
それから10年経ったある日、先生から突然電話がかかってきた。『暇ならさ、会わない? 話しながらこっち来てよナビするから』。「いいの、会いたい」と、スマホを片手に私は外に出た。
そして冒頭で明かされる衝撃の結末へとつながる。先生が言った「普通に生きろ」にはどんな意味があったのか。私が「檸檬先生」と呼んだその人は、自身に何色を見ていたのか――。
個人的には、読後に物語の光景が夢に出てくるほどの衝撃を受けた。たしかに「鮮烈なデビュー作」である。講談社公式サイトでは、本書の試し読みと『檸檬先生』プロモーション動画の視聴ができる。ぜひ、この衝撃を体感してみてほしい。
■珠川こおりさんプロフィール
2002年東京都生まれ。小学校2年生から物語の創作を始める。高校受験で多忙となり一時執筆をやめるも、高校入学を機に執筆を再開する。本作『檸檬先生』で第15回小説現代長編新人賞を受賞。
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