「彼女は、死んだ。そして僕らは、出会った」――。
葵遼太さんのデビュー作『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』(新潮文庫nex)は、最初にその鮮烈なタイトルに目を奪われた。
これは、ロックバンド・ニルヴァーナのボーカリスト兼ギタリストだったカート・コバーン(享年二十七歳)の言葉。言いたいことがあるのにその内容がどうしても言葉にならないとき、本書の登場人物はこの言葉をつぶやく。
「これがデビュー作か!」というのが、評者の正直な感想。担当編集者は次のように本書を紹介している。
「青春のすべてが、ここにあります。恋人が死ぬ話。泣ける話。ああ......と思った方、少しだけ、待ってください。確かに、その通りです。でも、違うんです。思わず、にやり、と笑みが溢れるユーモア。切なくて、痛くて、でも、何度も読んでしまう、これは本当に、最高の物語です」
「高校生の男女が宿泊したのだから、やるべきことはひとつで、わたしたちはきちんとそれをやった後なのだった」――。プロローグは、「わたし」と「きみ」が「それ」を体験した日からはじまる。
タイトルの「処女」という言葉から、なんとなくそういうシーンもありそうな気はしていたが、早速ドキリとした。はじめて同士の二人は、完璧に、スマートに、というわけにはいかなかったが......
「わたしたちはいくつかの、決して口には出せないような失敗をして、お互い照れながら、ついに共同作業を成し遂げた。たぶん、一生きみをからかい続けられるだけの材料をわたしは手に入れ、同じものをきみも手にした」
なんともみずみずしい情景が目に浮かぶ。しかし、二人にはある事情があった。
「あんなに素敵なことはわたしの人生にはもう二度と訪れないんじゃないかってくらい、最高のできごとだった。(中略)結局、わたしの人生で、あの朝よりも素敵な目覚めは二度とやってこなかった」
「わたし」は「死にたくないなあ」とつぶやく。そう、「わたし」の命は、もうわずかしか残っていないのだった。
本書は以下の三章からなる。「わたし」と「きみ」とは誰か、二人に何があったのか。そんなことを想像しながら、第一章は幕を開ける。
■目次
第一章 なにかがはじまりそうなときには、はじめてみること
第二章 天国への階段
第三章 これは恥ずかしいことですか?
「それなりにまっとうに生きてきたし、身体はずっと健康だったし、成績だってさほど悪くない」――。にもかかわらず、僕・佐藤晃は留年して二度目の高校三年生をやることになった。
「ねーねーねーねー」。狸寝入りを決め込む僕に話しかけてきたのは、後ろの席の白波瀬巳緒。いわゆる「都会の女子高生」タイプの白波瀬は、「おとなしい男子高生」タイプの僕にとって縁のうすい人種だった。
そして、隣の席の御堂楓。「座敷童の親戚です」と言われたら信じてしまいそうな風貌だが、綺麗な声が耳に残る。もう一人、斜め後ろの席の和久井順平。ふてぶてしい顔つきで、「ポテトチップスと炭酸飲料でつくり上げられた肉体」という感じがした。
「なるべく、無理してでも明るく振る舞うこと。元気なふりをすること。心の中で、何度も繰り返し唱える。そうやってこの一年間を過ごすこと」
そのはずが、座席が近い者同士、クラスの雰囲気になじめない者同士の四人は、あっという間に距離を縮めていく。気づけば僕のまわりに、輪ができていた。
そもそも晃が留年したのは、恋人の砂羽が入院している病院に通い詰め、出席日数が足りなくなったから。半年ちょっとの闘病の末、砂羽は亡くなった。失意のうちに、晃は学校に帰ってきたのだった。
そう、プロローグの「わたし」は砂羽、「ぼく」は晃ということになる。
砂羽の死から数か月。晃の傷が癒えることはない。同時に、白波瀬、御堂、和久井と過ごすなかで「新しい人間関係をつくっていくのも悪くないのかもしれない」と、気持ちに変化が見られるように。
そんなある日、白波瀬は「この四人で、あのクラスの雰囲気に反対する同盟を結ぼう」と提案を持ちかける。「同盟が必要なんだよ。自分たちの自由を守り抜くための。そういう流れとファイトするための」。
「――ねえ砂羽、やってみても、いいのかな。
――なにかがはじまりそうなときには、はじめてみること。だからそのようにして、僕ら四人のバンド活動ははじまったのだった」
カート・コバーン、天国への階段と、音楽の要素が散りばめられているが、いよいよここから「音楽とともに疾走する」青春が繰り広げられる。
最後に一つ。本書はなんといっても、文章が魅力的であることを強調しておきたい。次はどんな言葉や表現が出てくるかと、一文一文楽しませてくれる。数ある青春小説の中でも記憶に残る、「これ面白いよ!」と自信を持っておすすめできる一冊。
■葵遼太さんプロフィール
1986年東京都生まれ。漫画誌で構成や原案に携わる一方、ウェブ上で小説を発表。2020年、初のオリジナル書き下ろし小説『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』でデビュー。他の著書に『HUMAN LOST 人間失格 ノベライズ』がある。
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