メジャーデビューを果たし、前途洋々と思われたバンドの天才ボーカルが突然死んだら、どうなる? 本書『空洞電車』(双葉社)は、そんな設定で始まる青春小説だ。
著者の朝倉宏景さんは、1984年生まれ。東京学芸大学教育学部を卒業。会社勤めのかたわら小説を書き続け、その後退職。2012年「白球アフロ」で第7回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し作家デビュー。2018年に、フルマラソンに情熱を傾ける視覚障害者の女性とその伴走者となった若者の青春を描いた長編「風が吹いたり、花が散ったり」で第24回島清恋愛文学賞を受賞した。
ボーカルの洞口光人がプロローグで登場する。20歳の冬、将来プロを目指してバンドを続けてゆくか全員の意志を確認する「儀式」を行った。ギターボーカルである自分に他のメンバーの人生がかかっていると思うと不安だった。
「俺たち、なれるかな?」 「何に?」 「スーパースター」 「やたらと古い言い方だね」 「まあ、なれるかもしれないし、なれないかもしれないよね」 「君は家業があるからいいけど、私たち就活しないつもりでここにいるんだからね」 「三十過ぎて、バイトしたくねぇなぁ」 「二十歳そこそこの学生にバカにされるんでしょ。夢追いのバンドマンって」
それから8年後、最大2000人を収容できる、大型ライブハウスでの洞口光人の追悼ライブの場面から始まる。兄でギターの洞口海人、恋人でベースの加藤紬とメンバーの視点ごとに章が進む。
あまり言葉を語らず、神秘的なオーラをまとっている光人(ミツト)に対し、海人は面白みのない常識人に見られた。マンションから転落して亡くなったというミツトは自殺だったのか、事故だったのか? 知人に宛てた手紙の内容から海人は自殺ではない、と思いたかったが確証はない。ミツトなきバンドはどうなるのか? 家業の和菓子屋の手伝いをして気を紛らわせた。
追悼ライブと後日談が交互に登場する。本書のタイトル「空洞電車」は、ミツトが最後に残した曲名でもあった。
「空っぽの電車 ひた走る」 「もう一度 会える だから速度は落とさずに」
海人がつづきを作った。
「行き先のない 姿の見えない 空洞電車 汽笛の音 ふわり 舞い上がれ」
確かに、青春とはその時は何もないように思えても、時間だけは確実に過ぎていった「空っぽの電車」のようなものかもしれない。
ミツトと中学時代からの仲である紬には、音楽事務所のマネージャーの平子が接触し、女性だけのアイドルグループへの移籍話が持ちかけられる。「不愉快だ」と即座に断った紬だが、改めて話を聞くことになる。
一方、グループのマネージャーだった村井匠は、風俗嬢に覚せい剤を入手してくれたら、なんでもしてあげる、と言われ、伝手のありそうな平子に連絡を取る。渡された品物を風俗嬢と試してみると......。
本書にはバンドにかける若者たちの情熱とエネルギーがほとばしっている。バンドはどうなるのか? 思いもよらない展開に読者は驚くだろう。
野球やマラソンなど運動系を得意にしてきた朝倉さんだが、音楽という別の引き出しも持っていたようだ。楽器の奏者ごとの視点から描くという手法も成功したと言っていいだろう。最後まで読めば、それらが総合されて心地良い音楽が聞こえてくるような読後感に満たされる。
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