昨年(2018年)恋愛小説『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社)でデビューし、椎名林檎さんが「私が50分の円盤や90分の舞台で描きたかった全てが入っている。」と絶賛した一木けいさん。
注目の新刊『愛を知らない』(ポプラ社)のコピーは「胸がひりひりするような青春小説」。高校二年生の橙子(とうこ)の置かれた複雑な家庭環境が、徐々に明かされていく。触れてはいけないものに迫っていく緊張感に満ちている。
合唱コンクールの役決めで、僕はピアニスト、青木さんは指揮者、ヤマオはバスのソロとなる。僕の遠戚である橙子(とうこ)は、ヤマオの推薦でアルトのソロに。幼いころから僕は、橙子にいい印象を持った記憶がない。橙子を一言で表すなら「支離滅裂」。その理由は......
「機嫌好く積み木で遊んでいたかと思えば、とつぜん号泣しその積み木を投げつけてくる。...何の脈絡もなく口汚くののしってくる。...いきなり噛みついてくる。...スーパーマーケットでは商品を片っ端から床に落としていった」
そんな橙子をソロに推薦したヤマオの真意はわからないし、集合時間に集まらない橙子にソロが務まるだろうかと、僕は心配する。
橙子の母である芳子さんは、13年前に僕の父が事故死したとき、親身になって僕と母を支えてくれた。以来、僕は芳子さんに深く感謝しているのだが......。橙子はなぜか、芳子さんにはソロのことも何もかも言わないよう僕に口止めする。
橙子は最初、練習に対し投げやりな態度だったが、次第に真剣に取り組むようになる。クラスメイトの橙子を見る目が変わり、合唱コンクールに向けていい流れができつつあった。
ところが、ある日事件が起きる。「これは転調だ。世界がひっくり返った」。あまりの衝撃に僕は震え上がる。
「強い権力を与えられた人間と、力を持たない人間。そのふたつが狭い空間で常にいっしょにいるって異常だよね」
「誰も彼も、見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じるよね。この世界にあるのは、そんなきれいなものばっかりじゃないのに。口当たりのいいことだけ言っていったい何の意味があんの? そんなの嘘じゃん」
「転調」した世界で、僕はこれまで適当に聞き流していた橙子の言葉を思い出す。橙子がずっと恐れていたことが、現実に起きてしまったのだ。
本書は、僕たちの現在と、橙子の育児を記録した日記を交互に読み進めていく形で構成されている。物語の全体像が見えたとき、改めて日記を読み返すと、書いた人物の苦悩と愛情が何倍にも増して感じられる。
また、本書にはいくつもの秘密が隠されている。ここでは1つも明かせないが、橙子の秘密、芳子の秘密......1つずつベールが剥がされていくたびに、それまで認識していた登場人物の性質や人間関係が大きく違うものに見えてくる。
自分の「ふつう」は身内にさえ通じないかもしれない。つい外面でその人の人柄を判断しがちだが、内面には世界が「転調」するほどの感情が隠れているかもしれない......。本書は、読み手に力強く語りかけ、感情を大きく揺さぶる作品だ。
著者の一木けいさんは、1979年福岡県生まれ。東京都立大学卒。2016年「西国疾走少女」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。受賞作を含む単行本『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社)でデビューし、話題となる。現在バンコク在住。
本書について一木さんは、「『ふつう』という言葉に引っかかる方に読んでいただけたらうれしいです」とTwitterに書いている。
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