汗を滴らせる男子高校生ふたりの背中に、「二人の関係が変わった夏――」のキャッチコピー。ボーイズラブかと思ったが、はっきりとジャンル分けできるものではなかった。
深沢仁さんの『この夏のこともどうせ忘れる』(ポプラ文庫)は、「高校生」「夏休み」「ふたり」という共通テーマの五編――「空と窒息」「昆虫標本」「宵闇の山」「生き残り」「夏の直線」――が収録されている。
サラッと読める青春小説だろうと思って読み始めると、最初の一行目から戸惑うことになる。
「母が初めて僕の首を絞めたのは僕が小学四年生のときで、夏休みのことだった」――。このショッキングな一文で始まる「空と窒息」。しかし、日々は何事もなく過ぎていく。「あれは夢だったのかな」と思い始めた二週間後に二度目が、翌年に三度目があり、その後は「毎年の恒例行事」になった。「夏休みになると、彼女は僕の首を絞めにくる。きまってうんざりするような暑い日に」。
高三になった僕は、三泊四日の夏期合宿へ向かう。同室になったのは、ほとんど話したこともないクラスメイトの男子生徒・香乃(こうの)。ある夜、僕は呼吸が速まり、額に汗をかき、眠りから覚めた。
「香乃、お願いが――」と言いかけた自身に驚愕し、僕は言葉を止めた。しかし、密室にふたりきり、僕を心配する香乃を見て、必死でこらえていたものが弾けたのだろうか、僕は続けて言った。「首を絞めてほしい」――。
夏になると母は僕の首を絞める、365日の360日くらいは何も起こらず母は普通に接してくる、僕は香乃に首を絞めてほしいと求める、香乃は僕の求めに応じる。これらの不可解な出来事の理由は、最後まで読んでも明らかにならない。ただ、一文一文の背後に潜む著者の意図を汲もうとして読みなおすと、登場人物の心情が少しくっきりしてくる。
個人的には、五編のうち前半の「空と窒息」「昆虫標本」「宵闇の山」と、「生き残り」、「夏の直線」で、それぞれに異なる印象を抱いた。抽象的になるが、本書の読後感は次のようになった。前半の三編は濃い霧のなか眺めている感覚。「生き残り」は唯一現実味があり、視界が開ける感覚。「夏の直線」は夢を見ている感覚。濃淡の異なる、読み応えのある五編が集まっている。
著者の深沢仁(ふかざわ じん)さんは、「このライトノベルがすごい!」大賞優秀賞受賞作『R.I.P. 天使は鏡と弾丸を抱く』でデビュー。他に『英国幻視の少年たち』シリーズなどがある。「仁」のお名前から、てっきり男性かと思ったが、女性作家だった。
深沢さんはあとがきで「テーマは『夏休みの高校生』。なんだかまぶしい響きですが、本編は、強い陽射しとくっきり浮かぶ影、みたいな感じになっています。......夏休みという短い永遠に生きる彼らと、少しだけいっしょに時間を過ごしていただければ」と結んでいる。
タイトルの「この夏のこともどうせ忘れる」を改めて見ると、自身、この夏の出来事を忘れてしまうのはさびしい気がした。本書の主人公たちは、これほど不思議な、不可解な出来事を本当に「どうせ忘れる」のだろうか。
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