私たちは普段、おならと便を「出し分ける」という行為を無意識に行っている。健康な大人なら、おならがウッカリ「出ちゃった」ということはあっても、便が「出ちゃった」なんていうことは、まずないだろう。ではなぜ私たちは、「おなら"だけ"出す」ということができるのだろうか。
外科医・山本健人(たけひと)さんの著書、『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(ダイヤモンド社)は、人体のこうした「最も面白い部分」を、身近な例を用いて解説している。山本さんは、「外科医けいゆう」として、ブログ累計 1000 万 PV超、twitterアカウント8万人超のフォロワーを持ち、自身で運営する医療情報サイト「外科医の視点」も人気だ。
本書では、「人体の構造はいかによくできているか」について、具体的な例をあげて解説されている。冒頭の謎、「なぜおなら"だけ"を出せるのか?」の答えは、肛門が「降りてきたのは固体か液体か気体か」を瞬時に識別し、「気体の時のみ排出する」という高度な機能を持っているからだという。さらに肛門には、固体と気体が同時に降りてきたときには、「固体を直腸内に残したまま気体のみを出す」機能や、直腸にたまった便を無意識にせき止めておき、好きな時に排出できるという機能も。この機能には、2種類の「括約筋」の働きが関係している。
「これらの高機能な筋肉と、極めて繊細なセンサーが、私たちの日常生活を支えている。普段の生活では肛門のありがたさを実感しづらいが、実は替えのきかない優れた臓器なのである。」(本文より)
「肛門」についてはこのあと、性的な目的でとんでもないものを挿入し、取れなくなって受診した例や、そうして肛門を傷つけるとどういうことが起きるか、人工肛門とはどのようなものかが詳しく解説されている。医療現場での深刻な症例がまじめに書かれているのだが、くだけた文体で面白く、どんどん深く知りたくなっていく。
山本さんは、医学生時代に経験した解剖学習で、「人体がいかに重いか」を実感し、とても驚いたという。よく医療ドラマで数人の医師と看護師が「1、2、3」と掛け声をかけて患者を手術台から病棟用のベッドに移動させるシーンがあるが、一人の人を持ち上げるのには実際、数人の力を必要とする。脚は片方だけで10㎏以上、腕でさえ1本4~5㎏ある。全身麻酔中に体を移動させるときなどには、四肢をそれぞれ誰かがしっかりと支えていないと、重みで勢いよく垂れ下がり、関節を損傷してしまうそうだ。
にも関わらず、私たちはその「部品」を毎日、持ち歩いている。山本さんいわく、それができる理由の1つは、「頭や手足は、肩や背中、臀部の大きな筋肉で支えているため、重さを感じにくい」から。もう1つは、生まれてから今までに、「必要な筋肉が必要なだけ鍛えられており、体は自らの『部品』を持ち運ぶのにもっとも好都合に発達するから」だという。
当たり前のことのようだが、病気やケガで動けなくなると、私たちの体が「いかによくできているか」に気付かされる。第1章にはこのほか、「頭を揺らしながら本を読めるのはなぜか」「肘をぶつけるとなぜ電気が走るのか」「陰茎はどのように伸び縮みするか」といった興味深い事柄の理由を明かし、その機能が病気やケガによって失われると、どんな不足や不快が起こるのかを、かみくだいて解説している。
本書はこのほか、第2章「人はなぜ病気になるのか?」、第3章「大発見の医学史」、第4章「あなたの知らない健康の常識」、第5章「教養としての現代医療」の5章で構成されている。
どの章にも医学と人体の「へえ!」が詰まっているが、ここでは5章から、「ある日本人が発明した画期的な医療機器」を紹介しよう。
新型コロナで一躍注目を浴びた医療機器といえば、「パルスオキシメータ」だが、生みの親が日本人であることを知っている人はどれほどいるだろうか。発明したのは、医療機器メーカーに勤めていた研究者、青柳卓雄さんだ。詳しい仕組みは本書に譲るが、血液中の酸素を運ぶヘモグロビンの色に着目し、皮膚表面から酸素飽和度を測定できる画期的な方法を見出した。青柳さんは残念ながら昨年、この世を去った。その死が大きく報道されることはなかったが、山本さんは、「私たち医療従事者にとって、いや世界中の患者にとって、この発明はまぎれもなく歴史に残る偉業なのである」と結んでいる。
本書のあとがきで、山本さんはこう語っている。
人体は本当によくできていて、美しく、神秘的だ。
だがこれらの現象は、自然界で普遍的に起こりうる化学反応の連鎖によるものだ。
(中略)
人体は、自然界に無数にある有機物と、それほど大きく違わない。
医学の進歩が明らかにしてきたこの事実に、落胆する人は多いかもしれない。
だが私はむしろ、ここに医学の面白さがあると思う。自然界に存在する「ありあわせ」の材料だけでこのシステムがつくられていることにこそ、途方もない神秘を感じるからだ。
山本さんは本書を、誰かが医学を学ぶときの一つの「入り口」と位置付け、巻末には興味を持った人のための読書案内を加えている。
ユーモアのある語り口で、人体の神秘と医学の面白さに好奇心を刺激され、ぐいぐい引き込まれる。この本を読めばあなたも、その先に果てしなく広がる「知的冒険」へと足を踏み出していくに違いない。
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