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芥川賞受賞作 「彼岸花が咲く島」で少女が見た「自由」とは

彼岸花が咲く島

 第165回芥川賞にノミネートされた『彼岸花が咲く島』(文藝春秋)は、台湾出身の日中二言語作家、李 琴峰(り・ことみ)さんによる中編小説だ。

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 物語は、真っ白なワンピースを着た美しい少女が、彼岸花が咲き乱れる海岸に打ち寄せられるところから始まる。

砂浜に倒れている少女は、炙られているようでもあり、炎の触手に囲われ大事に守られているようでもあった。

 少女が流れ着いたのは、「ノロ」と呼ばれる女たちが政を司る<島>だった。浜に彼岸花(ビヤンバナー)を摘みに来ていた<島>の娘、游娜(ヨナ)に助けられ、少女は「宇美(ウミ)」と名付けられる。

「リー、ニライカナイより来(らい)したに非(あら)ずマー?」

 <島>ではこのような、日本語と中国語、沖縄の言葉が混じったような<ニホン語>と、女だけに伝わる<女語(じょご)>の二つの言語が話されている。一方、宇美が話す「ひのもとことば」は、<女語>と似ているが、漢字や漢語をいっさい使わない。

 記憶を失い、行くあてのない宇美。このまま島で暮らしたいと「大ノロ」に願い出るも、「お前は<島>に属しておらん。悪いが出ていけ」と冷たく突き放される。しかし、游娜とその<オヤ>である晴嵐(セラ)の必死の説得により、<島>の言葉を身につけること、<島>の歴史を背負う=ノロになることを条件に、宇美は<島>で生きていくことを許される。

女性に優しい<島>

 作中、主要な登場人物は女性で占められ、大人の男性はほとんど登場しない。時代設定も謎のまま、物語は進んでいく。

 <島>には父親や母親、家族という概念がない。婚姻制度もなく、島民たちは性別に関係なく自由に恋愛をし、女性は妊娠したら産むかどうかを自分で選ぶ。生まれてきた子は<島>の子どもとしてすべて学校の乳児部へ預けられ、二歳になると<島>の成人から<オヤ>と呼ばれる養育希望者を募る。ワンオペともDVとも差別とも無縁の、女性や性的マイノリティの人々に優しいシステムだ。

話を聞けば聞くほど、従来の世界観が瓦解していく。<島>と自分が住んでいた場所とはあまりにも違う。記憶は依然として戻らないが、それでも昔の生活の根底にあったものが微かに残っていて、宇美の世界への認識を形作っている。

 そんな中、宇美は、ノロになりたくて、ひそかに<女語>を学んでいる拓慈(タツ)という少年と出会う。生まれてから一度も島から出たことのない拓慈は、「海の向こうは楽園<ニライカナイ>だ」というみんなの言葉を「何もかもそのまま信じるわけにもいかない」と主張する。

「私は知りたいと思った。自分が何故<島>に生まれたのか、<島>の人々がどこから来たのか、海の向こうには一体何があるのか、自分の目で確かめたくなった」

 しかしそれは、かなわぬ願いだった。歴史を知ることができるのも、海の向こうへ渡ることができるのもノロだけ。そして、ノロになれるのは女性に限られている。游娜と宇美は、自分たちがノロとなった暁には拓慈に歴史を教え、男性もノロになれるよう掟を変えると固く誓う。

現代社会とリンクする「0.5次元向こう側」

 ところが、ノロになる試験に合格した二人に大ノロが語った<島>の歴史は、あまりにも残酷で、拓慈に話すのは危険だった。なぜ、男はノロになれないのか。ニライカナイは存在するのか、大ノロと宇美の驚くべき共通点、そして、季節を問わず<島>に咲く彼岸花の本当の「価値」とは――。

 真実を知った游娜と宇美は、女性が統治することにより争いが起きず、血の繋がりや性別に縛られない自由な世界はしかし、「いつ沈んでもおかしくない船」だったのだと気づく。

 芥川賞候補作、彼岸花ときて、妖しく禍々しい話を想像していたが、まったく違った。どこかにありそうで現実味のない「0.5次元向こう側」の世界の話と思わせながら、ジェンダー、家族、セクシュアリティなど、現代社会の問題と巧みにリンクさせている。

 本書のオビには、「過去へ連なり未来を拓く希望の物語」とある。游娜と宇美が最後に出した答えは、大人から見れば未熟で楽観的かもしれない。それでも、若者のまっすぐで、ひたむきな思いこそが未来を変えられると信じ、応援したくなる。鮮やかな彼岸花に彩られたエンディングが、読後に清々しい余韻を残した。

【14日追記】本作『彼岸花が咲く島』は、見事芥川賞を受賞した。

■李 琴峰さんプロフィール

1989年台湾生まれ。作家・日中翻訳者。2013年来日。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。17年『独り舞』(講談社)で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。19年『五つ数えれば三日月が』(文藝春秋)が芥川賞、野間文芸新人賞の候補に。21年『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)で芸術選奨新人賞受賞。他の著書に『星月夜』(集英社)がある。



  • 書名 彼岸花が咲く島
  • 監修・編集・著者名李 琴峰 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2021年6月25日
  • 定価1,925円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・192ページ
  • ISBN9784163913902

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