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背筋凍るけど"血の通った"幽霊譚。『踏切の幽霊』の正体は――? 【直木賞候補作】

Yukako

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踏切の幽霊

 こ、これは......と思わず唸ってしまう小説と出合った。

 高野和明さんの11年ぶりの新作『踏切の幽霊』(文藝春秋)である。本作は、今月19日に発表される第169回直木賞候補作。累計100万部を突破した『ジェノサイド』(2011年)以来、高野さんは2回目の候補となる。

 まずは表紙をじっくり見てほしい。踏切の中央に女の幽霊がぼんやりと浮かび上がっている。読みはじめたら、怖すぎてもう直視できない。それくらいずば抜けた描写力で、終始惹き込まれて圧倒され続けた。興奮がさめやらない。

1994年12月。東京都世田谷区下北沢の三号踏切。雑誌記者の松田は、心霊ネタの取材に乗り出した。踏切の幽霊になった女の正体と、女の身に起きた事件の真相、この2つの謎に迫っていく。

幽霊に問いかける

 松田(54歳)は2年前に妻(47歳)を病で亡くした。気力が衰え、仕事に忙殺されていた新聞記者から女性誌記者に転職した。発行部数が減りつつある雑誌の戦力外の記者。契約期間は残りわずか。糊口をしのぐ術を考え続けていた。

 そんな松田のもとに、読者からの投稿をもとにした心霊ネタの取材依頼が舞い込む。下北沢の三号踏切で撮影された映像や写真に、女の幽霊らしきものが写り込んでいたのだ。その日から、午前1時3分に電話がたびたび鳴るようになった。受話器を取ると、若い女の苦悶(くもん)のうめき声が聞こえてきた。

 取材を進めるうちに、三号踏切では不審者の立ち入りと列車の緊急停止が相次いでいること、1年前に若い女の変死体が発見されていたことがわかった。事件発生時刻は午前1時3分。キャバクラで働いていたその女は、廃屋で心臓を刺された後、全身血まみれの状態で踏切まで歩き、そこで息絶えた。

 松田は被害者の写真を見て悪寒が走った。奇妙な作り笑いを浮かべている。殺人事件の被害者と心霊写真の女は、明らかに同一人物だった。強姦目的の犯行で犯人は逮捕されたが、女の身元だけは最後までわからなかったという。

「悪(あ)しき運命に逆らうこともできず、流されるままに殺されていった女。悲惨な最期を遂げるまで、どんな人生を送ってきたのか。見る者の心まで暗くする作り笑いの裏に、どんな過去を隠していたのか。松田は写真の中の女に、君は一体、誰なのかと問いかけた。」

ただ一つ望まぬこと

 スクープ記事を物にしたいという功名心より、松田はいつしか、女の正体を突き止めたいという衝動が強くなっていた。仕事に専念していた頃の自分に戻り、警察、駅員、キャバクラ関係者......と取材を重ねていく。1度は解決済みとされた事件だったが、記事にはできないような事実と、闇に葬られた女の過去が、徐々に明らかになる。

 松田は正直、この世に幽霊などいないと思っていた。妻の気配を探しても、どこにも感じられなかったからだ。流れで引き受けた心霊ネタの取材。なぜ松田の心は動いたのか。それは、若くして亡くなった女に感情移入したからではないか。喪失の痛みに必死に耐えて生きる松田にとって、死者は身近な存在で、生者と同じく寄り添う対象なのだろう。

 著者の高野さんは、「この作品は読者を怖がらせるのが目的ではありません。ホラーの枠の外で、我々が現実に遭遇するかもしれない幽霊をリアルに描いた、初めての小説にしようとしました」「誰もが心に抱く死生観や、喪失の痛みについて語る物語にもなりました」と語っている(「本の話」直木賞候補作家インタビューより)。

「史上最高の幽霊譚」ということで好奇心をかき立てられた。30年前の時代の空気までもが文字から伝わってくることに感嘆しつつ、説明のつかない現象に対する恐怖や寒気とともに、生身の人間の体温を感じた。ちなみに、高野さんは小学6年生から自主映画を撮りはじめたそうだ。30年前にタイムスリップしたかのような臨場感は、そんな背景から来ているのだろう。

 故人がまだ元気だった頃に、なぜその有り難みに気づけなかったのか。なぜもっと一緒に過ごそうとしなかったのか......。今は亡き両親と妻への愛、後悔、謝罪の言葉が切々とつづられていて、胸を打つ。松田に共感する。

「二〇二〇年代に入る頃には自分は死んでいるはずだ。(中略)その後、みんな、どこに行くのだろう? どこか別の世界に行って、一度は死に別れた家族や友人たちと再会するのだろうか。それとも再びこの世界に生まれ変わって、喜びも苦しみも多い人生を繰り返すのだろうか。松田にとってはどちらでも良かった。ただ一つ望まぬことは、死が、無であることだった。」

 ホラーやミステリーの色が濃い作品を想像したが、こんなにも血の通った人間ドラマが繰り広げられているとは。背筋が凍りながらも、至福の読書時間だった。未読の人はぜひ体感してほしい。

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■高野和明さんプロフィール
たかの・かずあき/1964年生まれ。映画監督・岡本喜八氏に師事し、映画・テレビの撮影スタッフを経て脚本家、小説家に。2001年『13階段』で江戸川乱歩賞を、2011年の『ジェノサイド』で山田風太郎賞と日本推理作家協会賞を受賞。他の著書に『グレイヴディッガー』『K・Nの悲劇』『幽霊人命救助隊』『6時間後に君は死ぬ』、阪上仁志氏との共著に『夢のカルテ』がある。




 


  • 書名 踏切の幽霊
  • 監修・編集・著者名高野 和明 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年12月10日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・296ページ
  • ISBN9784163916330

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