「新・ミステリの女王」「どんでん返し職人」との呼び声も高い芦沢央(あしざわ よう)さん。いま最注目の著者が全身全霊をかけて挑むのは、人気沸騰中の「将棋ミステリ」だ。
「破滅するとしても、この先の世界が見たい。将棋に魅せられた者たちの苛烈な運命」――。
芦沢さん渾身の最新刊『神の悪手』(新潮社)が5月20日に発売された。本書は「驚きと感動の連続! 限界に挑む人々の運命の瞬間をとらえた心を揺さぶる将棋ミステリ」。帯コメントも豪華だ。
「羽生善治氏推薦!! 『棋は対話なり』を連想させる作品集です。」
「凪良ゆう氏悶絶!! 腹が立つほどの傑作。勝負に生きる苛烈さと、その果てにのみ生まれる光に胸が掻き毟られた。」
本書は「弱い者」「神の悪手」「ミイラ」「盤上の糸」「恩返し」の5篇を収録。
「負けましたと口にするたびに、少しずつ自分が殺されていく」――。
26歳までにプロになれなければ退会。苛烈な競争が繰り広げられる棋士の養成機関・奨励会。リーグ戦最終日前夜、岩城啓一の元に対局相手が訪ねてきて......。
追い詰められた男が将棋人生を賭けたアリバイ作りに挑む表題作ほか、運命に翻弄されながらも前に進もうとする人々の葛藤を、驚きの着想でミステリに昇華させた傑作短篇集となっている。
新潮社公式サイトでは、「弱い者」をまるごと試し読みできる。
最近は将棋に興味を持つ女性が増えていると聞く。それでもまだ少数派だろう。ここではまず、将棋の極意が書かれた部分を引用しておこう。
「将棋は、秩序を壊すゲームだ。収まるべきところに収まって安定した駒たちを、一手一手、混沌へ向けて動かさなければならない。一ターンに動かせるのは一つのみ。それを攻めに出るために使うのか、守りを固めるために使うのか、常に選択を迫られる。速度のバランスをわずかでも見誤れば、機を逃す。隙を咎められる。そして、まったくミスをしなかったと思えるような対局など、一度もしたことがないのだ」
「弱い者」は、俺・北上八段と11、2歳くらいの少年との対局シーンから始まる。俺は、避難所に指導対局をしに来ている。
避難所の体育館では、子どもたちが走り回って「うるさい」と苦情が出ることがあるという。将棋ならば、電気を使わない。1度ルールを覚えてしまえば、飽きずに延々と遊ぶことができる。「もっと他にやるべきことがあるんじゃないか」という反対意見もあったが、地震発生から2カ月後、こうして指導対局が実現した。
「この子は、強い。定跡をきちんと押さえた上で、変形に対応できるセンスもある。ギリギリのところで蛮勇になりかねない危うさもあるが、その粗削りさも含めて、感じさせるのは可能性だ」
対局が進むにつれ、俺は少年の棋力を感じていた。
俺もかつての「被災者」だった。27年前、10歳で被災した。地震による津波で両親を失い、避難所でひたすら将棋を指していた。
「将棋を指していれば、黙って座っていることをそういうものとして許された。盤の前では、笑わなくても、泣かなくても、しゃべらなくてもよかった」
少女のように華奢で愛らしい顔をした少年。暗い目をして、周囲をすべてシャットアウトするような「透明な膜」が全身を覆っている。かつての俺も、そうだったかもしれない。
気を抜かず、調子に乗らず、最後まで集中力を保って向き合い続ける。このくらいの年頃では珍しいほどの胆力に俺は感心し、腹の底から熱いものが込み上げてきた。
「将棋によって生かされた自分が、避難所で出会った将棋少年の師匠になり、棋士を生み出す。まるで、定められていた運命のようではないか」
ところが、少年に異変が起こる。2度もあり得ないミスをしたのだ。
そこから「どんでん返し」の連続である。俺はいくつもの思い込みをしていたことが判明。「後頭部を強く殴られたような衝撃」に打ちのめされる――。
門外漢でもついていけるだろうかと心配したが、まったく問題なかった。もちろん、将棋経験者にはたまらないと思われる対局シーンの描写もありつつ、俺と一緒に自分の思い込みもひっくり返される瞬間もまた、たまらない。本書は読者を限定しない「将棋ミステリ」だ。
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