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1995年に日本は変わった!

激震

 戦後日本の分水嶺がどこにあったかという質問に対して、ある識者は1995年と答えていた。阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた年である。天災と事件が社会の変化の象徴になるのか、と不審に思われるかもしれないが、日本はあの頃、確かに変わったという学者は意外と多い。本書『激震』(講談社)は、雑誌記者の主人公の眼を通して、「1995年」を回顧した小説である。

 月刊ビジュアル情報誌「Sight」の記者・古毛冴樹(こも・さえき)は、阪神淡路大震災の翌日、現地に取材に入る。神戸市の被災地で、焼け跡にたたずむ女性の壮絶な横顔に遭遇し、視線が絡み合う。海外の戦場で見た若い兵士の眼を思わせた。

 古毛はアパートを借り、旧知のヤクザが被災者に救援物資を配っているネタに取り掛かった。新聞や週刊誌とは違う切り口が月刊誌には求められていた。地元紙、神戸新聞の記者から、焼け跡から発見された死体の胸に、刃物で一突きにされた傷跡が見つかったという情報を得た。女を見た現場と同じ場所だった。女は何者なのか、犯人なのか。周辺の聞き込み取材やヤクザの情報から、被害者は高利の貸金業者で、女は娘の余寿々絵(あまり・すずえ)と分かる。

 帰京した古毛は、ほどなく地下鉄サリン事件の取材に駆り出される。オウム真理教の若い信者の取材を続けていた古毛は、思わぬところで、余寿々絵との接点に出会うことになる。

 名前は変えているが、講談社が舞台である。雑誌全盛期で、新しい媒体が次々に登場した時代である。編集者とフリー記者の力関係など、雑誌作りの現場が臨場感たっぷりに描かれている。

 著者の西村健さんは、1965年福岡県生まれ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に入省後、フリーライターになる。2011年『地の底のヤマ』で第30回日本冒険小説協会大賞、翌年、同作で第33回吉川英治文学新人賞、2014年『ヤマの疾風』で第16回大藪春彦賞を受賞。

 以前、『地の底のヤマ』を読み、どうして労働省の元役人が九州大牟田・三池炭鉱を舞台にした863ページ二段組の大河小説を書いたのか、と思ったが、故郷・大牟田への「挽歌」だったのだ。

神戸に行けなかったフリーライター

 そういう意味では、本書もまた、西村さんの自分の「過去」への「惜別」なのかもしれない。ネットのエッセイにこう書いている。

 「阪神・淡路大震災の時、現地取材には行かなかった。行けなかった。労働省(現・厚生労働省)の役人時代、神戸に一年間赴任していた。全てが懐かしく、楽しい思い出ばかりである。なのにその街並みが完膚なきまでに破壊されたのだ。この目で見る勇気はとてもなかった。記者失格、と言われればその通りである」

 小説の舞台と思われる神戸市長田区は、被害も大きかったが、震災前はケミカルシューズの工場の労働災害も多かったので、西村さんが、しょっちゅう通った街でもあったという。

 「記者失格」と思った西村さんが、現場に立ち還り、書いたのが本書である。ヤクザや所轄署刑事との駆け引きを含め、ミステリー的要素もたっぷり盛り込まれている。

 そして、2020年、古毛は、コロナ禍の風俗店を取材している。「25年前のあの日も俺は、"エンコー・ギャル"を相手に取材していた」。

 「変わらないものは変わらない」という諦観が底を流れている。スマホとポケベルの違いはあってもだ。

 「呼称や体裁を多少、違えようと本質は同じまましぶとく生き続ける。そういうものだ」

 だが、大きく変わったのは皮肉だが、本書に登場する雑誌メディアだと思う。売り上げは大きく減少し、総合週刊誌は毎週、「人生の『総決算』をこうして準備する」(「週刊現代」)とか「人生の最後の最後で子に疎まれてしまった人たち」(「週刊ポスト」)といった特集を組んでいる。事件やニュースは「週刊文春」の独壇場になってしまった。

 いかに無駄と思えるほどの時間と金を使い、当時の雑誌が作られていたのか、笑えるようなエピソードが満載だ。

 書ききれないほどの事件が相次ぎ、報道の現場の感覚も麻痺していたかもしれない。

 「特におかしくなって来たのが、あのバブルの辺りからだったような気はします」
 「あれで、日本が溜め込んで来たあれこれの矛盾が一気に噴き出して来た感じだな。戦後、営々と築いて来たこの国の神話が次々と崩壊してる、ってところかな」

 その崩壊の過程は、いまも続いているのかもしれない。

 BOOKウォッチでは、J-CASTテレビウォッチで「元木昌彦の深読み週刊誌」を連載している元木昌彦さんの『野垂れ死に――ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などを紹介済みだ。

     
  • 書名 激震
  • 監修・編集・著者名西村健 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2021年2月25日
  • 定価2090円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・412ページ
  • ISBN9784065183496

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