平成や令和の日本人にとっては驚愕の内容ではないだろうか。戦後の一時期、自民党から共産党まで、日本の主要政党が、アメリカやソ連から政治資金をもらっていたというのである。本書『秘密資金の戦後政党史――米露公文書に刻まれた「依存」の系譜 』(新潮選書)は、そうした戦後政治の恥部を余すところなくあぶりだす。
著者の名越健郎さんは、1953年生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか 安倍・プーチン日露外交の誤算』(海竜社)など著書多数。本書の先行書としてはすでに1994年、『クレムリン秘密文書は語る――闇の日ソ関係史』 (中公新書)を刊行している。
経歴からも分かるように、名越さんはソ連・ロシアの専門家だが、ワシントン支局にも勤務して米ソの両方に足場を持つ。外信部長という世界を眺める要職も経験している。加えて近年は大学というアカデミズムの世界にも属している。ジャーナリストとしての長年の情報収集活動に、学者としての厚みが加わったのが本書といえそうだ。
「あとがき」に、世話になった人たちの名前が挙がっている。時事通信で駆け出しのころは、現在は右派の論客として知られる田久保忠衛・杏林大学名誉教授に鍛えられた。やはり先輩にあたる政治評論家の屋山太郎氏からは、「『右も左もぶっとばせ』が記者の神髄であり快感だ」と教わった。また、731部隊の研究などで知られる加藤哲郎・一橋大学名誉教授や、米国の公文書研究で知られる共同通信OBの春名幹男・元名古屋大学教授からも貴重なアドバイスを受けたと記しており、交友の幅の広さを感じさせる。
名越さんは時事通信在職の35年間に、約500本の独自原稿を書いたという。「質はともかく、量的には最も多い方だろう」と振り返っている。いわゆるスクープ記者の一人というわけだ。その三分の一は、米露の公文書館などで入手した機密文書に基づく現代史の見直しだった。
ソ連崩壊前後のモスクワや、90年代後半のワシントンに駐在していたころは両国の公文書館に通った。当時のエリツィン、クリントン政権が情報公開に積極的だったことが幸いした。日本の政府や政党にとって不都合な資料も出てきた。近年、再度文書の発掘に当たり、その後の公開、非公開資料も集めて戦後政治史最大の恥部を包括的に再構成したのが本書というわけだ。
序章で「外国の資金援助はなぜ違法か」と基本を押さえ、以下の強烈なラインアップとなっている。
第1章 米国の自民党秘密工作 第2章 民社党誕生の内幕 第3章 日本共産党とソ連の「内通」 第4章 社会党の向ソ一辺倒 終章 民主政治の発育不良
1章の米国関係では、米国から自民党への資金援助についての米紙のスクープ報道や、それに対する日本側関係者の反応なども出てくる。それらをトレースしながら著者は、「米国が冷戦時代に日本に安定した穏健保守政権を樹立するために違法な秘密資金工作をしていたことは間違いないが、具体的な活動や資金の流れは明らかでない」「CIAの対日秘密工作に関する機密文書が公開されない限り、全容解明は不可能だろう」としている。名越さんが米国で入手した「主要な対日工作の詳細な展開」という文書なども掲載されている。
2章では、社会党から分かれた民社党にCIAの秘密資金が流れていたこと、3章や4章では、共産党や社会党とソ連との癒着について書いている。もともと、ソ連は戦前に各国の革命指導機関としてコミンテルンを設立しており、戦後も、各国共産党を支援、コントロールしてきた。
名越さんはすでに時事通信の記者時代の1993年4月、秘密資金に関する文書を入手し、「旧ソ連、日本共産党にも資金、年5万-25万ドル」という記事を配信したことがあるそうだ。
この報道に対して当時の志位和夫党書記局長は、「党として受け取ったものではない」とし、党に隠れてひそかにソ連と特別の関係を持ち、内通者の役目を果たしていた野坂参三や袴田里見らによるものとの見解を発表。同党は独自の調査団をモスクワに派遣し、公文書館で関係の資料を入手、調査結果を機関紙「赤旗」で半年にわたって連載し、『日本共産党にたいする干渉と内通の記録』という上下二冊で出版したそうだ。
名越さんは、「CIAの資金援助疑惑を調査しなかった自民党、ソ連資金疑惑で調査が中途半端だった日本社会党に比べれば、公党としての責任を示した点で評価できる」としつつも、当時の党内序列ナンバー2とナンバー3が「選挙運動資金」「党本部建設資金」としてソ連から入手した金のことを、ナンバー1の宮本顕治書記長が知らなかったとは思えない、と同党側の説明に納得していない。
本書で問題になっている各党への資金援助は、おおむね1957年ごろから64年にかけての話だ。東西冷戦が拡大し、日本では安保騒動があった。これらの疑惑はおおむね冷戦終結後の90年代になって浮上したが、各党は全面的に否定した形となっている。
米国からの支援額について名越さんは、毎年数十億円という米側の元高官や研究者の説を紹介、ソ連に比べると、桁が違っていると書いている。
米側と特に親密だったのは、自民党政権では岸信介首相。在任時代に米国の駐日大使と頻繁に密談した記録が残っている。当時の佐藤栄作蔵相はしばしば米側に「金をせびり」、資金受領のキーパーソンは当時の川島正次郎幹事長だったようだ。
のちに池田勇人内閣の官房長官になった大平正芳氏も、CIAから資金提供の申し出を受けた。しかし、「心に鞭打ってことわった」と側近に明かしていたことが紹介されている。このことは当時、田中角栄氏にも伝え、彼もそうだと同調してくれたという。ところがその後、ロッキード事件が起きた。外国からのワイロだ。大平氏は田中逮捕の夜、側近に打ち明けたという。「今にして思うと、もっと田中君に強く言っておけばよかったと悔やんでいる」。
本書を読んで、田中氏は、岸政権時代の、米側との途方もない金額によるズブズブ関係を知っていただけに、「油断」があったのかもしれないとも思った。
本書は、海外では冷戦期の米ソ両方の動き、国内でも保革双方の動きを複眼的に追っており、ワンサイドに偏っていないということで内容的に安定感がある。名越さんが米ソ両国で特派員をしていたということがプラスになっている。ジャーナリズムの一線を退いて久しいこともあり、全体として落ち着いた記述になっており、読みやすい。
BOOKウォッチは関連で、『内閣調査室秘録――戦後思想を動かした男』 (文春新書)、『自民党秘史』(講談社現代新書)、『ミネルヴァとマルス 上 昭和の妖怪・岸信介』(株式会社KADOKAWA)、『評伝田中清玄――昭和を陰で動かした男』(勉誠出版)、『731部隊と戦後日本』(花伝社)なども紹介している。
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