エンターテインメント小説で今年最大の収穫がもう登場したかもしれない。藤崎翔さんの『OJOGIWA(オウジョウギワ)』(ポプラ社)である。帯に「倫理無視」「超ド級」「無人島に持っていくならこの1冊!」などの宣伝文句が並ぶが、正直あまり期待しないで手に取った。読み終わって茫然。こんな手があったのか! ネタばれしないよう慎重に紹介したい。
「千葉県と茨城県の境を流れる利根川。その土手に沿って、細い田舎道が走っている。広大な田畑と、雑草が生い茂った空き地が広がる一帯は、人家も街灯もほとんどなく、夜になると真っ暗だ」
本書はこんな書き出しで始まる。たまたま毎週のように、この辺りを車で走っている評者には、風景描写がすとーんと入ってきた。茫漠、寂しい、夜は通りたくない、そんなことを考えてしまう土地だ。実際、夜に迷ってしまったことがある。カーナビがないので地図が頼りだったが、どこを走っているのか分からなくなり、恐怖心がこみあげてきた。見渡す限り明かりがないのだ。
そんなところに停めた1台の車に自殺志望の4人の男女がいた。ネットでのやりとりで集まったのは、「粗大ゴミ」「オーバー」「失敗作」「化け猫」。ずっとハンドルネームで呼び合い、互いに本名は知らない。
いざ、練炭に火をつけ、集団自殺決行というところで、それぞれ自殺の動機を語り始めた。中年の「粗大ゴミ」という男は、社内抗争に巻き込まれて会社をクビになり、再就職もままならず、妻子にも逃げられて......。
中年女の「オーバー」は、親友の借金の連帯保証人になったが、親友に逃げられ、1200万円の負債を背負ってしまったという。
若い女性に見えた「化け猫」は、実は男で、いじめや差別を受け、同級生からも「化け猫」と呼ばれ、家族からも見放されてと告白。
若い男の「失敗作」は、言いたくないと言い、ハンドルネームから皆が納得してしまった。
沈黙が続き、後は死が訪れるのを待つだけというときに、10メートルほど離れた近くに1台の車が停まっていることに気がついた。中には若い男女が乗り、いちゃつき始めた。そこにもう1台が近づき、スキンヘッドの男が若い男を引きずり出し、拳銃を発砲。男は動かなくなった。スキンヘッドは、女を拉致し走り去った。
その模様を「オーバー」は、スマホでずっと動画撮影していた。残された車の中にあったアルミ製スーツケースに3000万円の現金があることを知った一行は、自殺を中止。多額の借金があるからと議論をリードした「オーバー」が1500万円を受け取り、残りを3人で分け、その場を後にした。ここまでがプロローグだ。
ここから、「オーバー」、「粗大ゴミ」、「化け猫」、「失敗作」の順に章が進み、後日談が展開する。
「オーバー」こと海老沼秋子は、持ち逃げした金ですぐに1200万円の借金を完済、レストランで働き始める。女手一人で育てた息子の岳広は、独立して働いていた。そんな秋子に「オレオレ詐欺」を思わせる電話がかかってきた。岳広を拉致したという相手を最初は信用しなかった秋子だが、昔飼っていた犬の名前を告げられ信用する。アルミ製のスーツケースに現金100万円を詰めて持って来いという指示にしたがい、行動を開始する秋子。警察を名乗る二人組の男たちに保護され、覆面パトカーに乗るのだが......。
現金を持ち逃げされた暴力団による報復だった。顔中を涙と鼻水でびしょびしょにして命乞いをする秋子に拳銃が付きつけられ、バンという轟音とともに辺りに赤い飛沫が弾け飛んだ。秋子の視界は一面真っ赤になって、すぐに真っ黒になった。
以下、「粗大ゴミ」、「化け猫」、「失敗作」と報復が進む。彼らが語っていた事情や置かれた環境が明らかになるにつれ、人は死の直前になっても真実を語らず、取り繕うものだと読者は思うだろう。暴力団による報復は実に用意周到であり、恐怖を覚える。
だが、話が進むにつれ、同型のパターンの繰り返しで、この物語はいったいどうなるのか? と読者が思い始めるあたりで、どんでん返しがある。この切り替えしは、本当に思いもよらず、すばらしい。
「OJOGIWA(オウジョウギワ)」というタイトルの意味が、読み終えてようやく分かる。
著者の藤崎翔さんは、1985年茨城県生まれ。高校卒業後、6年間お笑い芸人として活動。2014年に『神様のもう一つの顔』(のちに「神様の裏の顔」に改題)で第34回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、作家デビュー。著書に『殺意の対談』、『こんにちは刑事ちゃん』などがある。
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