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「週刊新潮」のタイトルが今一つになったワケ

鬼才 伝説の編集人齋藤十一

 出版界において、新潮社の元役員だった齋藤十一の名前は伝説になっている。「週刊新潮」「フォーカス」などを創刊した「新潮社の天皇」として知られている。一度も「週刊新潮」の編集長を務めたことはなかったが、長年、企画を考え、見出しをつけたワンマンぶりも有名だ。生前ほとんどメディアに登場しなかった齋藤の実像に迫った評伝が、本書『鬼才 伝説の編集人齋藤十一』(幻冬舎)である。

 著者の森功さんは、1961年生まれのノンフィクション作家。「週刊新潮」編集部などを経て2003年に独立。『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。『総理の影 菅義偉の正体』などの著書がある。

 「週刊新潮」など多くの関係者の証言で、立体的に齋藤の姿を描き出している点で出色である。「週刊新潮」で有名人のカネや女性のスキャンダルを暴き、写真週刊誌の創刊にあたっては「人殺しの面(つら)を見たくないか」と語ったと伝えられるなど、俗世間の興味をかきたて、自らも「俗物」と称した齋藤だが、その一方で文学、音楽、芸術などを愛する純粋さへの志向があったことはあまり知られていない。そのアンビバレンツな生き方が、新潮社の多彩な雑誌、書籍にも反映している。

 簡単に齋藤の伝記的な事実をおさらいしよう。1914年生まれ。旧制麻布中学に入学。その後、早稲田第一高等学院に入学。早稲田大学理工学部へ入学。「ひとのみち教団」(現・PL教団)へ入団。その縁で大学を中退し、新潮社に入り、しばらく倉庫係を務める。

 戦後、文芸誌「新潮」が復刊。46年に取締役になると同時に「新潮」編集長兼発行人に就任。以来、20年間務める。50年「芸術新潮」創刊、56年「週刊新潮」創刊。2000年12月、鎌倉の自宅で倒れ、死去。

 「新潮」の編集長になるにあたり、小林秀雄の家に日参し、教えを請うた。「トルストイを読みたまえ」というアドバイスを守り、必死にトルストイを読んだという。

 そして、坂口安吾、太宰治という逸材を発掘する。「新潮」に連載した「斜陽」は大ブレーク。太宰はスター作家となる。

新潮ジャーナリズムが生まれる過程

 「週刊新潮」の創刊にあたっては、新聞社系の週刊誌と違い、取材のノウハウがないために、小説中心でスタート。五味康祐の「柳生武芸帳」や柴田錬三郎の「眠狂四郎無頼控」が人気を牽引したことはよく知られている。

 時事問題は読売新聞記者で、1954年に起きた第五福竜丸事件をスクープし、「死の灰」という造語を生み出した村尾清一らを起用したことを詳しく書いている。村尾たち新聞記者の手掛けた「週間新潮欄」の取材を編集部員も手伝うようになり、やがて特集記事になり、齋藤が絶妙のタイトルを付けるようになる。

 草柳大蔵と井上光晴の二人がそれぞれ外部スタッフを率いるリーダーになり、やがて井上が編み出したコメントをつないで記事を構成する「藪の中」スタイルが、「週刊新潮」のスタイルとして定着する。

 齋藤が仕切る「御前会議」と編集部員らが呼ぶ編集会議の光景が異様だ。

 「常務の野平と編集長の山田が畏まって応接のソファに浅く腰かけ、山田が編集部員の書いた20枚近い企画案を齋藤の前のテーブルに置くだけだ。すると、齋藤がそれをめくりながら、〇×と印をつけていく。編集会議とは名ばかりで、決めるのは齋藤一人だ。テーマの打ち合わせには、総勢60人いる編集部員はもとより、特集記事やグラビアを束ねる4人の編集次長さえ、参加できない」

 こうして齋藤の興味、関心の赴くままにテーマやタイトルは決められ、記者たちは取材に散る。その中から札幌医大の心臓移植手術事件のスクープなどが生まれた。特別な情報源はないが、目のつけどころ、ものの見方が独特だというかつての部下の言葉を紹介している。

作家と付き合わなかった編集者

 作家とはほとんど付き合わず、有名作家でも「貴作拝見、没」のハガキ一枚で平気で没にしたという逸話が残っている。松本清張は一目置く作家だったが、純文学をやりたくなった清張が「新潮」に書きたいという話が伝わると、「絶対にやらせるなよ」と編集長に言ったという。

 純文学でいえば、太宰治と川端康成に心酔し、独特の感性で作家を峻別した、と書いている。

 元「週刊新潮」記者だった著者の本らしく、齋藤には前妻と養子縁組した"息子"がおり、音楽家としていまも健在な本人の声も載っている。近所の高校生の男の子を援助し、ドイツに留学させている。音楽好きだった齋藤のこれまで知られていなかった一面である。

 最近の週刊誌は「週刊文春」の独走が続いている。スクープも部数もぶっちぎりだ。なぜ、「週刊新潮」は遅れを取ったのか。ある歴代編集長の一人は「うちは、齋藤十一がいなくなったら、その下もいなくなり、誰もいなくなったんだ。そのくらいの空洞化があったんだよ」と話している。「週刊新潮」のタイトルは今も皮肉っぽいのが特徴だが、毒とひねりが薄くなったように思うのは評者ばかりだろうか。

 BOOKウォッチでは、「2016年の週刊文春」(光文社)を紹介したばかりだ。



 


  • 書名 鬼才 伝説の編集人齋藤十一
  • 監修・編集・著者名森功 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2021年1月15日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・323ページ
  • ISBN9784344037281

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