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悲しみを「生きる力」に変える、珠玉のメッセージ集。

悲しみとともにどう生きるか

 「『世田谷事件の遺族です』。たったこれだけのことを言うのに、六年かかった」――。

 本書『悲しみとともにどう生きるか』(集英社新書)は、悲しみを「生きる力」に変えていくための珠玉のメッセージ集。

 「グリーフケア」に希望の灯を見出した入江杏さんの呼びかけに、柳田邦男さん、若松英輔さん、星野智幸さん、東畑開人さん、平野啓一郎さん、島薗進さんが応え、自身の喪失体験や悲しみとの向き合い方などについて語る。

 「悲しみから目をそむけようとする社会は、実は生きることを大切にしていない社会なのではないか。(中略)悲しみを忌避し、封印するのではなく、悲しみを受け止め、悲しみとともにどう生きるか?」

「グリーフケア」の意味

 昨年末、世田谷事件から20年を迎えた。入江杏さんは、この事件で2歳年下の妹一家4人を喪った。

 事件から6年後、入江さんは「悲しみ」に思いを馳せる会を「ミシュカの森」と題して開催するようになった。以来、毎年事件のあった12月にゲストを招き、集いの場を設けているという。本書は、これまでに「ミシュカの森」に登壇したゲストの中から6人の講演や寄稿を収録したもの。

 一人ひとりに固有の悲しみの体験があるわけだが、「グリーフケア」とはどんな悲しみをケアするものなのか。入江さんはこう書いている。

 「グリーフとは喪失に伴う悲嘆のこと。悲嘆をもたらす喪失は、決して特別なものではなく日常のものだ。かけがえのない人やもの、関係、事柄を喪って悲しみにある人に、心を寄せることからグリーフケアは始まる」

 新型コロナウイルスにより世界中に悲しみがあふれる今、「グリーフケア」への注目が高まっているという。

 「グリーフケアには、悲しみのさなかにいる人、それを支えたい人はもちろん、すべての人が豊かに深く生きるヒントが詰まっているのではないか」

メディアの常套句に辟易していた

 「事件以来、『時間が止まったまま』というメディアの常套句に辟易していた」――。

 「世田谷事件の遺族」として生きる入江さんの率直な言葉は、メディア越しに見る「被害者遺族」のイメージと重なるものばかりではなかった。

 「マスコミにより暴かれてしまった、隠しようもない悲しみ。(中略)事件、事故を問わず、日常にあふれる悲しみを語ることのできる安心安全な場は少ない」

 「世田谷事件」は知っていても、それはあくまでメディアのフィルターがかかったもの。心をグワッと鷲づかみされるような入江さんの文章を読んで、いまさらながら、遺族のありのままの感情を知ることとなった。

■目次
第一章 「ゆるやかなつながり」が生き直す力を与える――ノンフィクション作家 柳田邦男
第二章 光は、ときに悲しみを伴う――批評家・随筆家 若松英輔
第三章 沈黙を強いるメカニズムに抗して――小説家 星野智幸
第四章 限りなく透明に近い居場所――臨床心理学者 東畑開人
第五章 悲しみとともにどう生きるか――小説家 平野啓一郎
第六章 悲しみをともに分かち合う――宗教学者 島薗進
※各章末には、入江さんとのトークセッションを収録。

「分人」という捉え方

 ここでは、本書のタイトルにもなっている第五章を紹介しよう。小説家である平野啓一郎さんは「分人主義」の話をしている。

 これはなにかというと、人間は決して分断されて自分の中で完結しているわけではない。コミュニケーションの中で外部と混ざり合っていく他者性が、自分の中にある。その結果、自分の中にいくつかの人格が一種のパターンのようにしてできていく、というもの。

 平野さんはこれを「個人」の概念に対して「分人」と名づけ、「分人の集合として自分を捉える」ことを提案している。非常に辛い目に遭った時、たとえば「会社の時の自分」「家で家族といる時の自分」というように、対人関係や場所ごとに自分を分けて相対化してみるのだという。

 「その分人を生きることをしばらくやめて、もう少し心地いい分人を生きる時間を増やしてみよう、というふうに人生を具体的に変えていくことができるのではないか」

 入江さんは「『分人主義』という人間観は新鮮だった。犯罪被害者遺族として一つの役割に収斂されることなく、多様な関わりの中で外へ開かれていった」と書いている。

 悲しみをめぐるさまざまなテーマが多様に語られている。ここまでじっくり悲しみと対峙したことはなく、気づきの連続だった。本書は、「悲しみの物語」が「希望の物語」へと変容していくきっかけとなるだろう。


■入江杏さんプロフィール

 「ミシュカの森」主宰。上智大学グリーフケア研究所非常勤講師。犯罪被害の悲しみ・苦しみと向き合い、葛藤の中で「生き直し」をした体験から、「悲しみを生きる力に」をテーマに、行政・学校・企業などで講演・勉強会を開催。「ミシュカの森」の活動を核に、悲しみの発信から再生を模索する人たちのネットワークづくりに努める。



 


  • 書名 悲しみとともにどう生きるか
  • 監修・編集・著者名柳田邦男、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗進 著、入江杏 編著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年11月22日
  • 定価924円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・240ページ
  • ISBN9784087211450

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