「私の趣味は人の夫を寝盗ることです」――。
山田詠美さんの最新作『血も涙もある』(新潮社)は、「妻」「夫」「恋人」が織りなす「ユーモラスで残酷な、極上の危険な関係」を描いたもの。
有名料理研究家の妻と、10歳年下のイラストレーターで「魅力的」な夫。ある日、妻の助手である一人の女が、夫の恋人となる。
微妙なバランスを保っていた3人の関係は、「ユーモラスに残酷に、その味わいを変えていく」。「恋人」「妻」「夫」それぞれの視点から語られる、物語の意外な「後味」とは......。
■妻・沢口喜久江(50)
有名料理研究家。そのレシピは、幅広い年齢層の人気を獲得している。料理本や料理教室も人気で、ウェブ連載のエッセイも持ち、スタッフからも慕われている。
■夫・沢口太郎(40)
喜久江の夫。キタロー・サワグチ名義でイラストレーターの仕事をしている。
■恋人・和泉桃子(35)
短大の食物栄養科を出た後、友人のケータリングサーヴィスの会社を手伝っていたが、喜久江の助手となる。
現実には、不倫の真っただ中にいる人の心の内を聞けることはそうそうない。それをあの山田詠美さんがじっくり描写した作品となれば、興味をそそられないわけがない。早速、好奇心全開で読み始めた。
「私の趣味は人の夫を寝盗ることです。などと、世界の真ん中で叫んでみたいものだ。たぶん四方八方から石が飛んで来るだろうけど」
不倫をしたら世間から冷たい目で見られるという自覚は、桃子にも一応あるようだ。ただ、「女ざかりというには、まだ青いかもしれないが、それなりに人生経験は積んで来たつもり」であり、自身の「趣味」に悪びれる様子は見られない。
「私は、男の美点を人知れずかすめ盗っているという感じが大好き。それがたとえ誰かの男だったとしても」
「食べもの以外に『おいしい』なんて使うのは趣味が悪いと思う私だけれど、男に対しては良いような気がしている。いえ、男と私の間に生まれる、いわく言いがたい事柄に関しては」
桃子はもともと喜久江の大ファンであり、いつも心の中で「先生」と呼んでいた。晴れて喜久江の助手になり、誠実に、尊敬の念を持って仕えてきた。
ところが、太郎と出会い、逢瀬を重ねるうちに、「先生は蚊帳の外の人になってしまった」。
「妻は男の配偶者であって、男の女ではない。敬意はないが憎しみもない。(中略)彼の一番おいしい(また言っちゃった)部分は、私が味わっていると解るから」
新潮社公式サイトでは、本書の試し読みができる。
桃子の最初のパートを読む限り、喜久江に対して「血も涙もない」。ここからどう「血も涙もある」に変化するというのか。序盤からゾクゾクしっぱなしである。
■著者メッセージ
「『ここは今から(非)倫理です』と、いう感じで...笑。人間の数だけある倫理と(非)倫理のありかたをどうか存分に楽しんでください! 損はさせないよ...笑!!」
■山田詠美さんプロフィール
1959年、東京生れ。明治大学文学部中退。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞受賞。同作品は芥川賞候補にもなり、衝撃的なデビューを飾る。87年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞、2000年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」で川端康成賞受賞。『ぼくは勉強ができない』など、著書多数。03年より芥川賞選考委員を務める。
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