佐々木愛さんは、その独特の感性でデビュー作から読者の心を鷲掴みにする。「新しい時代の恋愛小説の期待の書き手」として注目されているという。本書『料理なんて愛なんて』(文藝春秋)は、佐々木さん初の長編小説。
「料理が下手でフラれた私。嫌いな言葉は『料理は愛情』」
「手料理、始めます。まずはピーラーで林檎の皮むきから!!」
「『料理は愛情』が嫌い」という言葉とはうらはらに、手料理の決意表明。この時点でちぐはぐな印象を受ける。そう、本書は「料理嫌い」なのに「料理好き」になりたい主人公による「愛と迷走の料理小説」なのだ。
佐々木愛さんは1986年生まれ。秋田県出身。青山学院大学文学部卒。「ひどい句点」で2016年オール讀物新人賞受賞。19年、短篇集『プルースト効果の実験と結果』で単行本デビュー。デビュー作の表題作は、文芸評論家・杉江松恋氏から「2018年恋愛小説短篇のベスト」と絶賛された。
本書は以下の5章構成。約1年にわたる主人公の「愛と迷走」の日々に、サスペンス風のタイトルがついている。1と2にギョッとしたが、物語を読むと著者のユーモアがピリッと効いていることがわかる。
1 冬、ホッキョクグマの解体
2 春、腹黒いミイラを干す
3 夏、みりんへの解けない疑い
4 秋、覆すアンチタピオカ
5 再び冬、チョコ炎上
主人公・優花(ゆうか)には、「料理」への根強いコンプレックスがある。しかし、優花が思いを寄せる真島(ましま)の女性のタイプは「料理が好きな人」。
2月14日、0時。優花は市販のチョコを砕き、湯煎し、真島のための「手作りチョコ」の計画を遂行していた。しかし、「溶かしたチョコの形を変えて固め直しただけのものを『手作りチョコ』と称するなんて、間違っている気がする」と思い至り、手作りを中断(挫折)した。
「よく『料理は愛情』というけれど、それはきっと間違いで、愛は料理に勝つこともある。わたしはそれを、証明できる人間なのではなかったか?」
その日の夜、優花は高級チョコを調達し、真島との待ち合わせ場所へ。真島は遅れて来るなり、「やっぱりきみとは付き合えない」とキッパリ。真島は思いを寄せる女性から「手作りチョコ」をもらったという。
その日から優花の「迷走」が始まる。自炊に挑戦。料理男子と合コン。初めてみりんを購入するも、料理が上達するどころか好きにもなれず......。
優花は「平均より少し低い身長と、平均より少し軽い体重。主張の乏しい顔のパーツとその配置」などの見た目から、よく「料理が得意そう」と誤解される。
しかし、優花の食生活といえば、朝食なし、昼食はコンビニ・キッチンカー・同僚との外食、夕食はお惣菜・レトルト・缶ビール。約5年間の社会人生活で、こうしたリズムが出来上がってしまっていた。
「はっきりと自覚している。わたしは、料理が嫌いで苦手だ」
優花の友人は「真島さんは別に全然いい男じゃないよ。どちらかといえば、友達にもなりたくないやつだよ」と言う。優花は「うん。なんで好きなんだろうって思う」と返す。
「真島さんを好きじゃなくなりたいのに好きで、料理を好きになりたいのに嫌いだ」
優花は「好き」「好きになりたい」「嫌いになりたい」「嫌い」の間で、料理と真島への思いをどこに位置付けるのか?
印象的だったのが、真島のこのセリフ。
「俺はすごくてきとうな人間で、ありのまま生活すれば、すべてのことにおいてだいたいちょっとずつ間違っているんです。(中略)俺以外の人はもっと、ひとつひとつ間違えないようにしながら生きているんじゃないか」
だから真島の目には、「料理が得意」な人は「正しいもの」を選ぼうとする姿勢がもともと備わっているように映るのだという。
本書について、出版元の文藝春秋は「努力しなければ『普通』からずれ続けてしまう厄介な男女の物語」「『普通』のことがこなせないと悩む人への応援歌ともいえる不思議な読み味の"アンチ"料理小説」としている。
「好きならこうなるはずだと決まっているなら、その決まりからはみ出た人の好きは、どこに行っちゃったことになるんでしょうね」
「正しそうなことを追って、さまよって、消耗する」。そんな優花の「迷走」ぶりを、じつにイキイキと描いている。それでもいいかと思えてくる。
映像を見たかのように、人物、風景が目に浮かんでくる。抜群のユーモアセンスに、あちこちで笑える。初の長編小説でありながら、著者の筆力を感じずにはいられない。「読者の心を鷲掴み」は、まさにそうだなと思った。
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