直木賞作家の東山彰良さんら31人の人気作家が、酒のおつまみにまつわる思い出を語ったエッセイ・アンソロジーが、本書『夜更けのおつまみ』(ポプラ文庫)である。ミックスナッツ、オイルサーディンといった軽いおつまみから自家製の生ハムまで、作家の筆にかかると、どれもすばらしい御馳走のように思えるから不思議だ。読みながら飲むと酒量が増えるかもしれない。
31人の中から印象深いものをいくつか紹介しよう。作品を読んでいる人ほど親近感があるので、まずは2015年に『流』で直木賞を受賞した東山彰良さんの「俺の生ハム」から。
東山さんは数年前から燻製をしないイタリア風のプロシュートという生ハムを手造りしている。長期間低温乾燥させた骨付き豚もも肉の生ハムだ。デパートで1本丸ごと買おうとすると10万円はするという高級品である。
東山さんは日本テキーラ協会公認のテキーラ・マエストロになった縁で知り合った、自家製の生ハムを作っている夫妻に弟子入りした。奥さんの伝手で骨付き豚もも肉をまるまる1本(10キロで1万円前後)仕入れてもらい仕込みを始めた。
丹念に肉に塩をもみこみ、ビニール袋に密封して冷蔵庫で寝かせる。ひと月後、水にさらして塩を抜いた後は、ひたすら風で乾燥させる。発酵のための期間は2年から3年かかるので、東山さんは師匠がこしらえた鹿やイノシシのおいしい生ハムをつつきながら、テキーラを飲んで待っているという。
小さいブロック肉だと熟成が早いので、こちらでも生ハムを造っている。12月の第1週に仕込めば、3月頃には野趣に富んだ肉を口にすることができる。レシピも書いてある。気温が10度以下であることを確認し、肉をタコ糸でしばってベランダに吊るして風乾させる。
「生ハム造りは男のなかに眠る太古の野性をくすぐる。金はなくても、肉を支配するわたしは狩人だ。しかも他人に自慢すると、びっくりするくらい食いつきがいい。わたしのおつまみはまさに食って良し、造って良し、語っても良しなのだ」
「博多からイビサまで」と題したのが、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で2019年本屋大賞ノンフィクション大賞を受賞した、英国在住の保育士・ライター・コラムニストのブレイディみかこさん。
「いきなりだが、酒をやめたいと思っている」と書き出しているので、驚いた。長男の妊娠と授乳の時期を除くと、毎日飲んでいるというブレイディさん。50代になり、週に2、3日は飲まない日をつくるようになったが、郷里の博多に帰ると、休肝日はなくなった。
博多のつまみが旨すぎるからだ。ガラスのように透き通っている白いイカの刺身、いわし明太。これらと日本酒があれば、「もういつ死んでも構わんぐらい幸福になれる」。
とうとう英国に戻ってからも、毎日飲む生活に逆戻りしたそうだ。英国では日本酒ではなく、もっぱらスペインのワイン。夫の姉がスペインのイビサ島に住んでおり、「パン&アリオリ」という定番のつまみを知った。アリオリとは、ガーリックマヨネーズの「もっとクリーミーなやつ」と説明している。ニンニクと卵黄とオリーブオイルを混ぜて白く乳化したものだ。
フードプロセッサーでまとめてアリオリを作ってしまったので、「あと5日は酒を飲まなければならない」。
ちなみに前述の東山さんは福岡在住。博多はうまい酒のつまみに恵まれているようだ。
このほかに、映画監督の西川美和さんは、ネギ、レンコン、豚バラ、きのこなどをぶち込んだ「タジン鍋」、直木賞作家の三浦しをんさんは、アンチョビを使った「アクアパッツァ」、女優でもある美村里江さんは、洋風揚げ餃子について書いている。多忙な方々なので、簡単に作れるものを紹介している。
一方、驚いたのは、『のぼうの城』、『村上海賊の娘』で知られる和田竜さんだ。一杯やりながら小説や脚本を書くという。悪癖だと思いながらも「飲まないと何かノリが悪く、飛躍もできない気もしますので、不承不承続けています」。
深夜、ビールを飲みながら執筆開始。2本空けると日本酒に。2合ほど朝まで飲みながら書き続ける。つまみは一切口にしない。その後、原稿のチェック。その際軽いつまみを口にする。最近気に入っているのは、瀬戸内のいりこだそうだ。
BOOKウォッチでは、同様の作家の食にかんするアンソロジーとして、『忘れない味』(講談社)を紹介している。こちらは基本的にアルコール抜き。
東山さんのエッセイ集『越境(ユエジン)』(ホーム社 発行、集英社 発売)、ブレイディさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)、『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)も紹介済みだ。
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