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ナチスドイツには「脱走兵」が30万人もいた!

ヒトラーの脱走兵

 中公新書には歴史関係の良書が多いが、本書『ヒトラーの脱走兵――裏切りか抵抗か、ドイツ最後のタブー』もその一冊に入るだろう。ナチスドイツ政権下の国防軍では、意外なほど多くの脱走兵がいたというのだ。彼らはなぜ脱走したのか。その後どうなったのか。日本ではあまり知られていない現代史の裏面を教えてくれる。

死刑判決が約3万5000人

 まず驚かされるのは、第二次世界大戦ではドイツ国防軍に脱走兵が非常に多かったという事実だ。1939年9月の開戦から1945年5月の終戦までに約30万人。捕まった約13万人のうち死刑判決が約3万5000人。処刑数は2万2000~2万4000人。減刑された者も含めて軍懲罰収容所などに送られたのは10万人以上。生きのびたのは約4000人に過ぎない。

 これを他国と比較すると、アメリカ軍の脱走兵は2万1000人、死刑判決は162人、処刑は1人。大差がある。

 本書ではこのほか、軍事裁判による処刑者数も比較している。一般犯罪も含めた処刑者数は、ドイツの場合、陸軍だけで1万9600人。アメリカは146人(うち殺人・強姦・強盗殺人が145人)、イギリスは40人(殺人36、武器を持った反抗3)というわけで、これまた大差がある。

 これらの数字からは二つのことが読み取れる。ドイツ軍においては、軍紀に背いたり、反抗したりする兵士が多かったこと、しかも、その追及と処罰は、他国に比べて極めて苛烈であったということだ。ナチスドイツの軍隊は鉄の規律のもと、一糸乱れぬ団結で戦争遂行に突き進んだ、という世間のイメージとは相当に異なる。

ナチズムの抵抗者を研究

本書は以下の構成。

 1 軍法会議と庶民兵士の反逆(ヒトラーの国防軍;苛酷な軍法;生きのびた脱走兵ルートヴィヒ・バウマン)
 2 引き継がれるナチスの判決と罵倒される脱走兵(アデナウアーの内政と居座るナチス軍司法官;引き継がれるナチスの判決;脱走兵ルートヴィヒ・バウマンの苦悩と絶望)
 3 「我々は裏切り者ではない」――歴史家たちの支援と世論の変化(立ち直ったバウマンと脱走兵復権の動向;脱走兵追悼の動き;ナチス軍司法への批判――シュヴィンゲ対メッサーシュミット/ヴュルナー;「ナチス軍法犠牲者全国協会」の設立;司法の転換と世論の支持)
 4 復権する脱走兵(政治課題となった脱走兵の復権;院外活動と連邦議会の変化;脱走兵の復権なる――「改正ナチス不当判決破棄法」;バウマン最後の闘い――調査研究所『最後のタブー』)

 著者の對馬達雄さんは1945年生まれ。東北大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。教育学博士。秋田大学教育文化学部長、副学長等を歴任。秋田大学名誉教授。専攻はドイツ近現代教育史、ドイツ現代史。

 主著に『ヒトラーに抵抗した人々』(中公新書、2015)、『ナチズム・抵抗運動・戦後教育――「過去の克服」の原風景』(昭和堂、2006年)、『ドイツ 過去の克服と人間形成』(編著書,昭和堂、2011年) 、訳書に『反ナチ・抵抗の教育者――ライヒヴァイン1898-1944』(ウルリヒ・アムルンク著、昭和堂、1996年)などがある。長年、ナチズムの抵抗者について研究している人だ。

「裏切者」「面汚し」と罵倒される

 目次にもあるように、本書では、「元・脱走兵」として戦後を生き抜いたルートヴィヒ・バウマン(1921~2018)の人生をたどりながら、ドイツの脱走兵問題を掘り下げていく。

 まず、意外なのは、戦後のドイツで「脱走兵」がさげすまれたということ。「反ナチ」での英雄として称賛されたのかと思いきや、世間の目は厳しかった。彼らは裏切者、犯罪者とみなされ、のけ者にされて、政府による補償もなく年金も支給されなかったのだという。

 実際、25歳のバウマンは、戦後まもなく故郷のハンブルクのわが家に戻るのだが、家族全員が温かく迎えてくれたわけではなかった。一歳年長の姉は、無事を喜び、しっかりと弟を抱き寄せたが、65歳の父は黙って立っているだけだった。ある日、「人は自分の義務を果たすものだ」とつぶやいた。息子は「義務」を果たさなかった、と父は考えていた。

 国防軍からの脱走は、ヒトラーの独裁が崩壊した戦後のドイツで高く評価されると思い込んでいたバウマンにとって、予想外の反応は、家の外でさらに拡大した。闇市場でふと自分が脱走兵だったことを口にすると、兵士上がりの男たちに取り囲まれた。「臆病者」「兵隊仲間の面汚し」などと面罵され、袋叩きにあった。助けを求めて警察に駆け込むと、事情を知った数人の警官からも袋叩きに。

 要するに戦後のドイツ社会は、かつてのヒトラーの「忠実な部下たち」がそのまま生き残っていたのだ。こうしてバウマンは自身が「脱走兵」だったことを隠すようになり、酒におぼれる日々となる。これは、多くの元脱走兵たちに強いられた「戦後」でもあった。

司法・警察はナチスの残党だらけ

 ドイツは戦後、ナチズムの過去を厳しく追及し、戦前のドイツと縁を切ったという風に教わることが多い。しかし、この「脱走兵」への対応を見てもわかるように、単純ではなかった。

 そういえば、日本で2017年に公開されたドイツ映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」にも、戦後ドイツ社会の裏事情が描かれていた。ナチス犯罪の告発に燃え、有名な戦犯アイヒマンの所在確認に直結する重要情報を入手したのは、西ドイツ・ヘッセン州の検事長フリッツ・バウアー(1903~68)。しかし、当時の西ドイツには、検察査当局や政府部内にナチの残党がたくさんいて、独自捜査をしようにも妨害が予想された。そこでバウアーは自分がつかんだ極秘情報をこっそりイスラエルの秘密機関モサドに流し、それがアイヒマンの身柄確保につながったのだという。つまり司法・警察などは、ナチスの残党だらけ、彼らは強力なネットワークを保持し、「抵抗勢力」になっていたというのだ。

 ドイツは戦後、西と東に分かれ、西ドイツでは共産圏に対する防衛が最優先された。おそらく「元ナチ」のメンバーは仕事と居場所を見つけたことだろう。日本で旧軍人の一部が、戦後は対米協力者として延命、あるいは警察予備隊に入ったといわれることに似ている一面がある。

 バウアーは紆余曲折を経て65歳になって平和運動にかかわるようになる。1990年、70歳を前にして「ナチス軍司法犠牲者国民協会」を結成、脱走兵や軍によって断罪された人々の名誉回復に人生の目標を見出す。この運動は、歴史学者たちの研究による支援を受け、最終的には2009年、連邦議会で満場一致で名誉回復が決議された。

 本書は、このように「脱走兵」を手掛かりに、戦前・戦後のドイツ社会を再考し、「過去の清算」に至る長い道のりを辿る。

 本書を読むと、それでは日本はどうだったのかということが気になってくる。著者は本書ではあえて触れないようにした、と記しつつ、『戦場の軍法会議――日本兵はなぜ処刑されたか』(NHK出版)を興味深い一冊として推している。

 BOOKウォッチでは関連で、「新書大賞2020」を受賞した『独ソ戦――絶滅戦争の惨禍 』(岩波新書)のほか、『闘う文豪とナチス・ドイツ――トーマス・マンの亡命日記』(中央公論新社)、『ヒトラーとドラッグ――第三帝国における薬物依存』(白水社)、『ナチスに挑戦した少年たち』(小学館)、『戦後ドイツに響くユダヤの歌――イディッシュ民謡復興』(青弓社)、『否定と肯定――ホロコーストの真実をめぐる闘い』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)なども紹介済みだ。



 


  • 書名 ヒトラーの脱走兵
  • サブタイトル裏切りか抵抗か、ドイツ最後のタブー
  • 監修・編集・著者名對馬達雄 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2020年9月18日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書判・278ページ
  • ISBN9784121026101

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