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田中角栄はキッシンジャーに斬られた! ロッキード事件の真相

ロッキード疑獄

 田中角栄・元首相が逮捕・起訴され、一、二審で実刑判決を受けて政治生命を絶たれたロッキード事件。これまでに多くの陰謀説が語られ、いまも田中を再評価する声が高い。本書『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(株式会社KADOKAWA)は、米国の公開文書などを基に、田中がアメリカに嫌われた真の理由を明らかにした本だ。600ページ近い大著だが、推理小説を読むようなスリリングな読書体験を味わえる。

 そしてその後発覚したダグラス・グラマン事件で訴追を逃れた「巨悪」についても言及している。

15年かけて米国政府文書を集めた著者

 著者の春名幹男さんは、1946年生まれの国際ジャーナリスト。共同通信社に入社、ニューヨーク特派員、ワシントン支局長、特別編集委員などを歴任。ボーン・上田記念国際記者賞、日本記者クラブ賞を受賞するなど輝かしい実績を持つ。その後、名古屋大学大学院教授、早稲田大学大学院客員教授を務めた。著書に『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『秘密のファイル CIAの対日工作』(共同通信社)、『仮面の日米同盟』(文春新書)など多数。

 春名さんは、2005年からロッキード事件に関する米国政府の関係文書を集め、取材を重ねてきた。同じようなアプローチをしていた朝日新聞の奥山俊宏編集委員が『秘密解除 ロッキード事件』(2016年、岩波書店)を書いたときは、ひやりとしたという。しかし、田中がアメリカに忌避された本当の理由には触れていなかった。

5つの陰謀説

 「まえがき」で、おもな陰謀説を次のように挙げている。

 陰謀説1 「誤配説」=ロッキード社の文書が、米国上院外交委員会多国籍企業小委員会の事務局に誤って配達されたため、事件が発覚した。
 陰謀説2 「ニクソンの陰謀」=米国のニクソン大統領は、ロッキード社製旅客機L1011トライスターの購入を田中に求め、同意した田中を嵌めた。
 陰謀説3 「三木の陰謀」=三木武夫首相が政敵、田中角栄前首相の事件を強引に追及した。
 陰謀説4 「資源外交説」=日本独自の資源供給ルートを確立するため、田中が積極的な「資源外交」を展開、米国の虎の尾を踏んだ。
 陰謀説5 「キッシンジャーの陰謀」=田中角栄に近かった石井一元国土庁長官が、伝聞情報などを基に著者に記した。

 中でも陰謀説1と陰謀説4が流布してきたが、どれも「陰謀の首謀者」が田中逮捕につながる捜査にどのように関与したか、証拠を挙げて確認していなかった。

 本書は、田中首相在任時の日米関係と事件発覚から捜査、裁判に至る経緯の因果関係を検証することで、ロッキード事件の真相を明らかにした、と言っていいだろう。

 米国政府の捜査資料は、全部で5万2000ページ以上。ロッキード社が保管していた秘密文書だ。東京地検特捜部が入手したのは、そのうち2860ページ。本書はこれらの文書がどのような経緯で東京地検特捜部にたどり着いたのかを逐一、丹念に追うという手法を取った。

 本書の構成は以下の通り。

 第一部 追い詰められる角栄
  第一章 発覚の真相
  第二章 三木の怨念と執念
  第三章 ロッキード事件はなぜ浮上した
  第四章 キッシンジャーの「秘密兵器」
  第五章 角栄の運命を決めた日
  第六章 L資料の秘密
 第二部 なぜ田中を葬ったのか
  第一章 日中国交正常化に困惑した米国
  第二章 北方領土で米ソが密約
  第三章 田中文書を渡した真意
 第三部 巨悪の正体
  第一章 児玉の先に広がる闇
  第二章 日米安保体制を揺るがす

誰の名を出すかの権限はキッシンジャーに

 いくつかの章見出しを見れば、アメリカ側のキーマンが誰だったかは分かるだろう。当時、国務長官だったキッシンジャーだ。外国政府高官名について、証券取引委員会(SEC)への提供の是非を個別に判断する裁量権を国務省が握ったのがポイントだ。「意見書」という名の助言が、キッシンジャーの「秘密兵器」になった。

 米国政府は日本に提供する資料によって、日本の政治情勢が大きく動き、自民党政権が崩壊することを恐れた。一方、政府高官名の名前が入った資料が日本側に渡されず、大物政治家が一人も逮捕されない場合、国民の不満は高まり、自民党政権は一層不安定になることも考えられた。そこで浮上したのが田中だった。駐日大使からの公電は、田中のカムバックは「あり得ない」と分析していた。

日中国交正常化が米国の怒り買う

 なぜ、田中がターゲットになったのか? 本書は日中国交正常化以後、田中は首相在任中の外交課題で繰り返しキッシンジャーらの激しい怒りの対象になっていたことが分かった、と春名氏は書いている。

 キッシンジャーは大統領補佐官当時、田中と見られる日本人らを「ジャップは上前をはねやがった」と罵っていた。2006年に公開されたキッシンジャー「会談録」文書の一つだ。

 ニクソン米大統領は、1972年2月、初めて中国を訪問した。しかし、中国との関係を何も変えず、米中関係を正常化しなかった。田中は同年7月、首相に就任、9月下旬に訪中を実現し、日中国交正常化を実現した。

 「実は、その裏でアメリカ側、特にキッシンジャーとニクソンは田中に強い不満と警戒感を募らせていた」

 ニクソンは日本をアフリカの「ピグミー族」にたとえる差別的発言を3回したことを紹介している。さらに田中との日米首脳会談の公式夕食会の乾杯の際に、「悪魔に乾杯」と言ったが、うやむやになったようだ。しかし、1978年に出版されたニクソンの回想録で、ニクソン自身がこの舌禍事件を認めていた。

スパイだったキッシンジャー

 本書は、陰謀説1から4を否定した上で、陰謀説5「キッシンジャーの陰謀」の真偽を検討する。しかし、田中をひどく嫌悪したからといって、政治的に葬る行動に踏み切るのか。キッシンジャーの人物像を詳しく述べている。ノーベル平和賞を受賞した外交安保の功績で知られるが、経歴を調べ大学院生の時代から国務長官時代まで、ほぼ間断なく政府の仕事、それもインテリジェンスの世界に従事した、情報工作に長けた専門家だった、と見ている。「広い意味でインテリジェンス・オフィサーもしくはスパイと呼んでもおかしくない」。

 キッシンジャーは事件後、田中の目白の自宅を3回訪ねている。

 「犯罪者が現場の様子を見るため舞い戻ったような心境だったかもしれない。根拠なき陰謀説に惑わされていた日本は、彼にとって安全だった」

 ――そう推測している。

「巨悪」は誰か?

 第三部では、岸信介元首相、中曾根康弘元首相ら戦後の政界と闇世界の紳士たちの人脈と金脈を追及している。「巨悪」のグループには、米国の軍産複合体のほか、CIAも含まれている、としている。

 ダグラス・グラマン事件は軍用機の導入をめぐる疑惑だった。解明によって日米安保体制の根幹を揺るがす事態になることも予想された。さらにインテリジェンスの世界に関わるため、真相は闇に埋もれてしまった。

 本書はジャーナリストが生涯をかけた労作と言っていいだろう。読めば、我々がどんな世界に生きているのかを知り、震撼するだろう。

 BOOKウォッチではロッキード事件関連で、NHKスペシャル取材班による『消えた21億円を追え――ロッキード事件 40年目のスクープ』(朝日新聞出版)、田中角栄の評伝として『田中角栄――同心円でいこう』(ミネルヴァ書房)、海外から主要政党が政治資金をもらっていた実態について『秘密資金の戦後政党史――米露公文書に刻まれた「依存」の系譜 』(新潮選書)、最強の捜査機関といわれる検察について『検察――破綻した捜査モデル』 (新潮新書)など紹介済みだ。



 


  • 書名 ロッキード疑獄
  • サブタイトル角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス
  • 監修・編集・著者名春名幹男 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年10月30日
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数四六判・596ページ
  • ISBN9784041054734
 

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