読むべき本、見逃していない?

ナチズムは第三帝国で「錠剤」になっていた!

ヒトラーとドラッグ

 ヒトラーが主治医に依存し、様々なクスリに頼っていたことは最近知られるようになっている。本書『ヒトラーとドラッグ――第三帝国における薬物依存』(白水社)は、加えて戦前のドイツ社会全般における薬物の広がりについても検証したものだ。特異な指導者に率いられ、ナチズムというこれまた尋常ならざる優越主義に国民が酔いしれて、結果的に破局に向かったドイツ。その高揚を支えたエネルギー源のひとつには「薬物」があったというのだ。

英国「ガーディアン」の年間最優秀図書

 欧米の強烈な内容のノンフィクションを邦訳で読んだときにいつも感じることがある。それは、著者がきわめて精力的だということだ。本書の著者ノーマン・オーラーさんもその例に漏れない。1970年生まれの作家・ジャーナリスト。「シュピーゲル」などに寄稿するかたわら、様々な作品を発表している。ゲーテ・インスティテュートの依頼で、パレスチナに住み込み、現地のリポートもしている。生前のアラファト議長に最後にインタビューしたヨーロッパ人記者だという。

 本書でもそうした著者のエネルギーを感じることができる。なにしろ、「註」が400以上。参考文献のリストは10数ページにわたる。しかも、「本書の最も重要な典拠は未刊行の文書資料である」と念を押す。ドイツや米国の公文書館で、これまで公開されなかった多数の資料類に当たり、また多くのインタビューを重ねたことが特記されている。索引も充実しており、単なるノンフィクションを超えて、ある種の学術的研究書の体裁となっている。刊行後に英国「ガーディアン」の年間最優秀図書(歴史部門)に選ばれたというのもうなずける。

「自信と活力を高める」新薬

 さて、肝心の中身だが、第三帝国は当初、「反ドラッグ政策」をとっていたという。というのもナチズムはユダヤ人を「有毒」な存在として排斥していたからだ。麻薬取引でユダヤ人が重要な地位を占めているともされ、ドラッグの使用は「人種的に低い行為」と位置付けられていたという。

 したがって、モルヒネとコカインの使用量は激減した。しかし、一方で覚せい剤の開発は促進された。ドイツでは「ペルビチン」という名前で製品化された。禁止された薬物の代わりになるカウンタードラッグ、「自信と活力を高める新薬」として。その副作用については、当初から一部で指摘されていたが、製薬会社は「見て見ぬふり」をした。一種の万能薬として売り出され、大々的に宣伝された。あっという間にあらゆる社会集団に浸透したという。そしてナチスが「ドイツよ、目覚めよ!」と号令をかけるときに、この薬が重要な役割を果たすことになる。「ペルビチン」とは「錠剤の形をしたナチズム」だった、と著者は皮肉る。

 戦時体制が強化され、実際に戦争が始まると、ますます引っ張りだこになる。戦場で疲労や睡魔と戦い、大量殺戮を強いられる兵士たちにとっては、ぜひとも欲しいクスリだった。

ケネディ大統領も同様に主治医依存

 「ペルビチン」と似たようなものは、いくつかの国で製造され、連合国側でも使われていたという。日本ではヒロポンという名前だった。特攻隊でも使われていたそうだ。その化学原理の端緒は19世紀末に日本の科学者によって発見されたものだという。

 ドイツの場合は、それが大々的に市販されていたこと、軍が本格的に使っていたことが特徴のようだ。著者は「ドイツ国防軍は、薬物に自らの命運を賭けた世界初の軍隊」と書いている。「ペルビチン」開発者の博士は戦後、東ドイツに移り、スポーツ選手へのドーピングで活躍したという。

 本書は第一章、第二章で「ペルビチン」の開発と国民や軍への浸透について詳述し、第三章でヒトラーと薬の関係について書いている。様々な体調不良に苦しんでいたヒトラーは主治医に依存して薬漬け。ホルモン剤、鎮痛剤、覚醒剤・・・驚くべき数の複数ドラッグを併用していた。鼻粘膜に直接、コカインも塗っていた。そして誇大妄想にとりつかれる。つまり総統は、「人為的に自信満々な状態にしてもらって、戦況会議に臨んでいたことになる。そうすることで、彼は確信できた。いずれにせよ対ロシア戦はまだ何とか勝利できる!」というわけだ。強力な麻酔薬オイコダールも常用していた。モルヒネの二倍の効果。総統の「強い意志と高められた使命感」は「コカインと増量されたオイコダール」に支えられていたと著者は断言する。

 BOOKウォッチでは『主治医だけが知る権力者―― 病、ストレス、薬物依存と権力の闇』(原書房)もすでに紹介した。同書には、アメリカのケネディ大統領も主治医に依存、ヒトラーと同じような薬を処方されていたと出ていた。

  • 書名 ヒトラーとドラッグ
  • サブタイトル第三帝国における薬物依存
  • 監修・編集・著者名ノーマン・オーラー著、須藤正美訳
  • 出版社名白水社
  • 出版年月日2018年9月26日
  • 定価本体3800円+税
  • 判型・ページ数四六判・376ページ
  • ISBN9784560096512

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