読むべき本、見逃していない?

日本人でも台湾人でも中国人でもない直木賞作家のエッセイ集

越境(ユエジン)

 本書『越境(ユエジン)』(ホーム社 発行、集英社 発売)は、2015年に『流』で直木賞を受賞した東山彰良さんのエッセイ集だ。台湾で生まれ、日本で育った東山さん。若いころから、「越境」に憧れていたという。とはい言え、初出は西日本新聞(東山さんは福岡県在住)などに連載したエッセイが中心なので、堅苦しい話よりも日々の雑感が多い。『流』以来の東山ファンである評者には、どれも垂涎のディテールが詰まっていた。

台湾舞台の小説で受賞つづく

 簡単に東山さんの代表作を紹介すると、こうなる。『流』は、1970年代の台湾が舞台。けんかに明け暮れる高校生の成長物語だ。その背景には中国大陸から来た「外省人」ともともと台湾にいた「内省人」との対立が影を落としている。主人公のモデルは東山さんの父親だという。

 2017年に読売文学賞などを受賞した『僕が殺した人と僕を殺した人』は、『流』の姉妹篇のような話だ。1980年代の台湾の青春物語だが、ある殺人事件と少年たちは関係しているらしい。スティーブン・キング原作の映画『スタンド・バイ・ミー』を思わせるような友情がテーマの作品とも言える。

現実逃避から小説書く

 ほかにも大藪春彦賞、織田作之助賞、渡辺淳一文学賞を受賞している東山さんだが、作家を志したのは現実逃避だったという。20年ほど前、中国の大学の博士課程に在籍していたが、博士論文は却下に次ぐ却下でドロップアウトは時間の問題。そんな煮詰まった時さらに次男が生まれた。「定職もなく、皿洗いや通訳などを細々とやって糊口を凌いでいた」。

 進退きわまり現実逃避のため小説を書き始めた。運よくデビューしたが、さっぱり売れない年月が続いた。映画化されることを夢見て「長らく映像におもねるような物語しか創らなかった」と反省している。文章にしかできないことを探求しなかったのだ。セルバンテスなどの本を読み、自分の過ちに気がついたという。

 「その本が本当にいいもので、真実をしっかり書いているなら、いついつまでも生きのびるだろう。逆に出来がひどければ、生まれて墓場へ行くまでの道のりは長くはないだろう」(『ドン・キ・ホーテ』より)

 「本さえちゃんと出せれば、あとのことはどうでもいい」という東山さんだが、こんなオチになるようなエピソードも書いている。『流』の舞台化の話が持ちこまれた。舞台監督、プロデューサーと面談し熱意を感じて了承した。しかし、全国の名だたる大劇場を押さえたという連絡が来ても、宣伝用のチラシが届いても、豪華俳優陣が名を連ねたと聞いても期待しなかった。だが、舞台用のオリジナル主題歌を作詞してくれないかと言われ、ついに実現すると信じてしまった。何日も真剣に作詞に取り組んだが、その後、すべてを白紙にしてくれという結末に。熱意はあったが誠意がなかったのだ。

 「同じことが起こればきっとまた同じ過ちを繰り返すだろう。誠意を取り繕うのは簡単だが、熱意を取り繕うのはむずかしい。相手の熱意が冷めたからといって、いちいち悔やんでみても始まらない」

30歳を過ぎるまで魚を食べられなかった

 来日の経緯についてもこう書いている。学生結婚をした両親が日本に留学したため、台湾の祖父母に預けられていた。中国本土から台湾に来た外省人の家庭だったので、日本のことを良く言う人はあまりいなかった。「日本人は魚を生で食う」と言われ、卒倒しそうになったという。5歳のときに広島大学の大学院にいた両親に呼び寄せられ来日した。しかし、魚嫌いが刷り込まれており、30歳を過ぎるまで魚を食べられなかったという。ビールのCMで焼いた秋刀魚を見て、食欲を刺激された。スーパーへ駆け込み、秋刀魚を買い、すぐに焼いて食べ、美味しさを知ったという。今は鮨も食べるそうだ。

 「越境」とは国境に限った話ではない、と書いている。「境界線を越える」という意味だと。魚を生で食べられるようになったのも、一つの「越境」だと理解した。

 ほかにも、日本テキーラ協会公認のテキーラ・マエストロになるくらいにテキーラ好きな話や大学で中国語を教えていること、音楽好きの趣味と実益を兼ねて地元福岡でラジオ番組を持っていることなど作家の日常が紹介されている。

 台湾出身だが、自分の作品を越境文学と見なしたことはなかったという。「台湾のことに詳しい日本人が書いた小説」くらいにしか思っていなかった。しかし、作家のリービ英雄さんと対談して越境文学について考えるようになった、と明かしている。リービさんはアメリカ人の両親を持ち、幼少期を台湾で過ごし、アメリカの大学で日本語を学び、『万葉集』の英訳で全米図書賞を受賞。いまは日本に住み、日本語で小説を書いている。台湾時代のことを書いた『模範郷』で2017年に読売文学賞を受賞した。

 巻末には「日本語小説の場所としての『台湾』」と題したリービさんとの対談を22ページにわたり収めている。越境文学に関心のある人には役立つだろう。

 東山さんの『流』はJ-CAST「トレンド」で紹介したことがある。

  • 書名 越境(ユエジン)
  • 監修・編集・著者名東山彰良 著
  • 出版社名ホーム社 発行、集英社 発売
  • 出版年月日2019年7月31日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・217ページ
  • ISBN9784834253306

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