特攻隊の故郷というと、ふつうは鹿児島県を思い浮かべる。陸軍の特攻隊員が飛び立った知覧飛行場。あるいは海軍の特攻隊員の基地だった鹿屋。それぞれ記念館や資料館があり、訪れる人も多い。
ところが本書『特攻隊の〈故郷〉』(吉川弘文館)のサブタイトルは「霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘」。いずれも鹿児島から遠く離れた茨城県だ。なぜなのか。
著者の筑波大教授、伊藤純郎さんも、読者にそうした疑問があることは織り込み済みだ。おおむね次のように説明する。
1944(昭和19)年10月、海軍最初の特攻隊員になった25人のうち24人は42年4月、茨城県稲敷郡阿見村(現阿見町)の土浦海軍航空隊に入隊した海軍飛行予科練習生(予科練生)甲種第10期生である。
陸軍最初の特攻隊「万朶(ばんだ)隊」は、筑波山や霞ヶ浦に近い、茨城県の鉾田教導飛行師団で編成されている。
九州各地の陸海軍の基地から南方に向けて数多くの特攻隊員が飛び立ったが、若き飛行兵が訓練に明け暮れたのは筑波山を仰ぎ、北浦・鹿島灘を望む地だった。そこに軍の飛行訓練施設があったからだ。多くの特攻隊員にとっての「故郷」は九州ではなく、茨城だった――。
要するに出撃基地は九州だが、訓練基地は茨城だというわけ。ところが残念ながら世間ではそのことがあまり記憶されていない。鉾田陸軍飛行学校の跡地を訪ねても、小さな碑があるだけだ。今や気づく人もいない。
歴史学者、教育学者の伊藤さんのテーマは、「1930年代の国家と郷土の関係を、地域社会史・生活文化史・教育史などの視点から研究すること」。これまでに『筑波山とアジア・太平洋戦争』『予科練と特攻隊の原風景』などの著書がある。それらを踏まえて今回、一般向けに改めてまとめなおしたのが本書だ。
伊藤さんは、特攻について何かを声高に語ることはしない。ゆかりの地などをコツコツ回り、史料をもとに淡々と地元に残る特攻隊の歴史を紹介している。いかにも地方史・郷土史の研究者らしい。
そうした中で、とりわけ興味深かったのは、特攻隊「万朶(ばんだ)隊」の隊長だった岩本益臣大尉(当時28歳)に関する意外な話だ。岩本大尉は操縦と爆撃の名手として知られていた。したがって、操縦者の生命と機体を犠牲にする特攻作戦に強く反発、それを公言していたが、逆に隊長を命じられてフィリピンに出撃。44年11月5日、戦死した。
このあたりのことは知っていたが、本書にびっくりする話が出ていた。茨城にいた妻がちょうどこの日、流産していたというのだ。
「一人であの世に行くのが寂しかったので、我子を連れていったと、そう考えています」
妻が戦後、そう語っていたことが鉾田町史に出ているそうだ。特攻隊長の夫が戦死した日に、妻が流産する。何かの引き合わせのような偶然にちょっと驚いた。
この岩本大尉の部下が、本欄でも紹介した鴻上尚史さんのベストセラー『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)の主人公、佐々木友次伍長だ。9回出撃して9回還ってきた。それは岩本大尉が、飛行機に縛り付けられた爆弾を手動で落とせるように独断で改造させていたからだった。岩本大尉が佐々木伍長の命を救ったことになる。
本書は、「霞ヶ浦のほとりで」「筑波山を仰いで」「北浦湖畔で」「鹿島灘に向かって」に分かれている。これらの章立てからもわかるように、一種の紀行文だ。それぞれの場所にかすかに残る特攻隊の「原風景」を訪ね、すっかり様変わりした「現風景」にため息をつく。埋めようもない「原」と「現」の風景の間を時間の流れに身を任せつつ往還している。読者も波乱の現代史を静かに反芻することができる。
その中でかなりのページを割いているのが、「夭折詩人・竹内浩三」についてのくだりだ。113ページから129ページまで続く。日大を繰り上げ卒業した竹内は43年9月、西筑波の陸軍飛行場の部隊に配属されて訓練を重ねた。45年1月、フィリピンで戦死したとされる。
遺稿をもとに戦後著作が発表され、全集も出て、詩人・文学者として評価されるに至った人だ。本書では筑波時代の日記が紹介されている。
「ぼくのねがいは/戦争にいくこと/ぼくのねがいは/戦争をかくこと/戦争をえがくこと/ぼくが見て、僕の手で/戦争をかきたい・・・」 「一片の紙とエンピツを与えよ。/ぼくは、ぼくの手で、/戦争を、ぼくの戦争をかきたい。」
こう書き残していた竹内は、戦争を書くことなく逝った。著者が日記を詳細に引用しているのは、竹内の心情に深く共感するところがあったからだろう。
「あとがき」で著者は、先ごろ100歳で亡くなった高名な歴史学者、直木孝次郎さんが2015年に第32回朝日歌壇賞を受賞した時の作品を紹介している。
「特攻は命じた者は安全で 命じられたものだけが死ぬ」
直木さんは43年9月に京都大学を繰り上げ卒業、10月に海軍予備学生として土浦海軍航空隊に入隊していたそうだ。したがって茨城関係者でもある。
伊藤さんは特攻そのものの評価については何も語らないが、竹内浩三や直木孝次郎を登場させることで、無言のうちに自身の思いを代弁させている。巻末には関連施設や慰霊碑の一覧も掲載されているので、本書を手に首都圏に残る特攻の「聖地歩き」も可能だろう。
本欄では「海の特攻」にも言及した『改訂版 つらい真実: 虚構の特攻隊神話』(同成社)なども紹介している。
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