ヒョウ柄の地紋に金文字のタイトル。ド派手な表紙に目を奪われ、買ってしまったのが本書『仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう』(ちいさいミシマ社)である。
仲野教授とは、大阪大学大学院医学系研究科教授の仲野徹さん。『エピジェネティクス』(岩波新書)などの著書がある病理学の先生だが、ご本人いわく全国的にも珍しい「お笑い系研究者」。
大阪と言えば、「お笑い」「こなもん」「ヒョウ柄のおばちゃん」「えげつない」「ガラ悪い」などのステレオタイプなイメージが流通しているが、多分に吉本の芸人や在阪テレビ局が作り出した部分がある。
本書は仲野さんが、大阪のことをよく知る12人の人たちと対談した雑誌の連載をまとめたもの。「大阪弁を考える」「花街 華やかりしころを聞く」「大阪城へ、ようこそ」「大阪は私鉄王国」「食の街、大阪を行く!」「これが『大阪のおばちゃん』だ!」などの章からなる。どこでも関心のあるところを読めば、大阪のリアルに少しは詳しくなるだろうという期待で読み始めたのだが......。
評者も大阪を含め関西に数年暮らしたことがあるので、少しばかりの土地鑑は持っているつもりだったが、「地ソース百花繚乱」の章を読み、感動した。こんなにも人はソースについて語ることがあるのかと。対談相手は2017年に『大阪ソースダイバー――下町文化としてのソースを巡る、味と思考の旅。』(ブリコルール・パブリッシング )の著者の一人、堀埜浩二さん。本業はイベント企画制作会社の社長だが、ソース工場を取材するなど大阪のソース事情に詳しい。
串カツ屋の「ソース二度づけ禁止」は、1970年の大阪万博を前に四国、九州から集まった多くの肉体労働者への教育的指導から始まったという。
「彼らは地方出身者で、街のルールなんて何もわからないから、後の人のことなんて考えないで、食べかけの串でもじゃぶじゃぶソースのバットにつけたりする。そこで出てきたんが二度づけ禁止で、いわば街場のマナー教育のためのルールだったんです」
さらに一般的な串カツ屋では、ウスターソースを水で薄めているという話にも驚いた。そのままだと味がきついから、ちょうどいい味になるよう、昆布茶を入れたり、砂糖を足したり店ごとに工夫しているそうだ。最近は串カツ専用のドボ漬けソースを仕入れているチェーン店もあるという。
大阪には20余りのソースメーカーがあり、味を競っている。さらに大阪には地ポン酢もたくさんある。食材ごとにソースやポン酢を使い分け、ささやかな食の楽しみを味わっている、と堀埜さん。仲野さんも大阪では、天ぷらと言えばソースをかけるのが当たり前。東京では天ぷらにソースをかける人の率はたったの3%というデータを披露し、残念がる。ただし、とんかつソースでも中濃ソースでもダメで、ウスターソースに限るそうだ。
本書のテーマは多彩だが、いわゆる著名人は音楽をテーマにした回の作曲家、キダ・タローさんと、東京と大阪の街について語った芥川賞作家、柴崎友香さんくらいだ。それぞれのジャンルでは他の方々も専門家だし、大阪への愛も深い。でも肩書や権威に頼る東京の出版社なら本として成立しない企画だと思った。ちなみに元になった雑誌連載は東海教育研究所の雑誌「望星」の連載「大阪しちーだいば~」。
版元の「ちいさいミシマ社」は、今年(2019年)7月にスタートしたばかり。京都のミシマ社が書店完全買い切り制、55%で卸す(リアル書店限定)小部数出版として始めた。その分単価は少し高めだが、「一人へより濃く」届く本をめざすという。
確かにこんなにウスターソースについて熱く語る人が登場する本はないだろう。評者にはたまたま食べもの論議が心に刺さったが、歴史や音楽、文学など文化についても多くのことを教えられた。
それにしても阪大医学部教授といえば、『白い巨塔』のモデルとされた世界。仲野さんのようなセンセがいらっしゃるのだから、やはり大阪は奥が深い。
本欄で紹介した『K氏の大阪弁ブンガク論』(ミシマ社)の著者、江弘毅さんが本書では「食の街、大阪を行く!」で登場するのもまた大阪らしい。
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