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生徒の熱中症は「校長の過失」にもなる

スポーツ事故の法律実務

 スポーツでは、何かのはずみで大けがをすることがある。誰に責任があるのか。賠償は請求できるのか――本書『裁判例からわかる スポーツ事故の法律実務』(ぎょうせい)は、多種多様なスポーツ事故に関する膨大な裁判例を集積し、分析した唯一の書だという。確かに内容は充実している。あらゆるスポーツ関係者にとって有益な一冊といえそうだ。

東京オリンピックを念頭に編集

 編集は静岡県弁護士会。どうして静岡の弁護士が本書をまとめたのかと思ったが、「刊行にあたって」に理由が書いてあった。東京高等裁判所管内には10県の弁護士会があり、関東十県会を構成している。静岡県弁護士会もそのひとつ。毎年夏に十県会が研究会を開催している。2020年は静岡県弁護士会が担当することになった。テーマとして、東京オリンピックが近いということもあって「スポーツ事故の法律相談」を選んだのだという。

 2018年9月には早々と30人の弁護士による本格的な準備作業がスタート。19年5月から8月にかけて、準備委員のほかに若手会員も駆り出して判例を調査し、9月には抽出された判例をもとに各種スポーツごとに担当者が判例概要をまとめて、骨格が出来上がった。

 20年1月段階で初稿をまとめ、春先までの2か月間で修正など大詰めの作業をしていた時にコロナ禍が急拡大、残念ながら東京オリンピックは延期になってしまった。準備委員会としては、「やる気を挫かれそうになりながらも、全員の底力で何とか踏ん張って」完成させることができたという。

360の判例一覧

 このように本書は、多数の弁護士が協力し、全国の過去の判例を総ざらいしながら、弁護士会としての総力を挙げて編集しものだ。構成は以下の通り。

 第1章 はじめに
  Ⅰ 総 論
  Ⅱ スポーツ事故と不法行為及び債務不履行責任
  Ⅲ スポーツ事故における特色
 第2章 スポーツ事故に関する紛争(責任論)
  Ⅰ スポーツの種目ごとの責任論
   1 ゴルフ
   2 雪上スポーツ
   3 野球(キャッチボール、素振り等を含む)
   4 その他球技(サッカー、バレーボール、ハンドボール、ラグビー、アメフト等)
   5 プール、水泳
   6 ウォータースポーツ
   7 武道・格闘技(柔道、剣道、空手道、合気道、ボクシング等)
   8 自転車競技・モータースポーツ
   9 その他スポーツ
  Ⅱ 学校における事故
   1 はじめに
   2 授業における事故と指導者等の責任
   3 運動会等における事故と指導者等の責任
   4 部活における事故と指導者等の責任
   5 運動中・部活中の熱中症と指導者等の責任
   6 スポーツ関連のいじめ・体罰・パワハラ等
 第3章 スポーツ事故に関する紛争(損害論)
  Ⅰ 総 論
  Ⅱ 人的損害について
  Ⅲ 物的損害等その他の損害費目について
  Ⅳ 損益相殺
 第4章 スポーツ事故と保険
  Ⅰ 総 論
  Ⅱ スポーツ保険に関する裁判例

 プロや社会人のスポーツ、学校のクラブ活動まで多種多様のスポーツが幅広く網羅されている。それぞれの関係者が、自分に関係がありそうなところだけ読んでも、参考になるに違いない。責任の所在や損害賠償までわかりやすく解説されている。巻末に一覧表として、「競技種目」「当事者」「事案の概要」「判決内容」などを盛り込んだ360を超える裁判例が掲載されている。紛争が起こった際にどのような判断がされたかが一目で分かる。

「いじめ」で賠償」

 本書の大きな特徴は、トップアスリートに関する事案だけでなく、学校での授業・部活動といった教育現場で起こるスポーツ事故やメンタルに関しても詳しく言及していることだ。「スポーツ関連のいじめ・体罰・パワハラ等」という項目もある。

 例えば、野球部の上級生からのいじめで高校を退学した生徒の親が、上級生、学校法人、野球部監督を訴えたケース。上級生による不法行為の成立が認められている。この辺りは指導者が普段から部員に周知しておく必要がありそうだ。「いじめ」は「賠償」を伴いかねない。

 中学の野球部員が上級生から暴行を受け、植物状態になったケースでは、市の責任が認められている。特定の生徒をインターハイ前の練習に参加させず、予選にも出場させなかったケースは、指導者の裁量の範囲を超え、パワハラになりかねない。

 学校における事故では校長の責任が問われることが多い。事故が起きた時は、直接の指導者責任にとどまらないのだ。市立中学で肥満体型の運動部員が夏期練習中に熱中症になり、死亡した例では、文科省のリーフレットに肥満が熱中症のリスクファクターと記されていることなどをもとに、予防体制が不備だったとして校長の過失が認められている。

 このように本書は、学校の校長室や教育委員会には必携の一冊といえるだろう。また、他県の弁護士にとっても手引きになる。

 BOOKウォッチでは関連で『スポーツクラブの社会学』(青弓社)、『「地元チーム」がある幸福』(集英社新書)、『歩く江戸の旅人たち――スポーツ史から見た「お伊勢参り」』(晃洋書房)、『日本初のオリンピック代表選手 三島弥彦――伝記と史料』(芙蓉書房出版)、『近代日本・朝鮮とスポーツ』(塙書房)、『子どもとスポーツのイイ関係』(大月書店)、『ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと』(勁草書房)、『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)、『女性・スポーツ大事典 子どもから大人まで課題解決に役立つ』(西村書店)など多数紹介済みだ。

  • 書名 スポーツ事故の法律実務
  • サブタイトル裁判例からわかる
  • 監修・編集・著者名静岡県弁護士会 著
  • 出版年月日2020年9月25日
  • 定価本体3300円+税
  • 判型・ページ数A5判 ・333ページ
  • ISBN9784324108789
 

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