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日本で一か所しかない地名が東京にある

方言漢字

 話し言葉に方言があることはだれでも知っているが、漢字にも方言があるというと、驚く人が多いのではないか。本書『方言漢字』(角川ソフィア文庫)はその詳細をまとめたもの。珍しい漢字が書かれた地方の看板写真なども掲載されている。すでに2013年に刊行されている単行本に加筆し、文庫化した。

テレビにも出演

 著者の笹原宏之さんは1965年生まれ。早稲田大学第一文学部で中国文学を専攻、同大学院では日本文学を専攻。博士(文学)。早稲田大学社会科学総合学術院教授。経済産業省の「JIS漢字」、法務省法制審議会の「人名用漢字」、文部科学省文化審議会の「常用漢字」の改正・改定にも携わる。著書に『訓読みのはなし 漢字文化と日本語』(角川ソフィア文庫)、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂、金田一京助博士記念賞、立命館白川静記念東洋文字文化賞)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などもあり、方言漢字については第一人者だという。

 7年前に単行本を刊行してから、テレビに出演する機会が増え、「方言漢字博士」として人気なようだ。

 本書は以下の構成。

 第一章 漢字と風土──漢字の使用地域とそこに暮らす人々
 第二章 北海道・東北の漢字から
 第三章 関東の漢字から
 第四章 中部の漢字から
 第五章 近畿の漢字から
 第六章 中国・四国の漢字から
 第七章 九州・沖縄の漢字から
 第八章 方言漢字のこれから

俗字や造字

 漢字は古代中国で生まれた。著者は「中国大陸での漢字の伝播と変異」という項目でおおよその流れを振り返っている。原初の成立過程は不明だが、殷代後期になると、甲骨文字などの使用が確認されている。紀元前11世紀に殷が周に滅ぼされると、漢字は使用地域を拡大していく。そして各地で変異を生み出したが、秦が全国制覇する中で文字統一も図られる。

 ここまではいわば常識的な理解だが、本書によれば、いったん死んだはずの字も楷書体に直されるなどして後代まで辞書に載せられ、中には復活して使われるものも現れたという。またモンゴル系の民族が北魏を建国し、彼らが漢字を使用する中で、俗字も大量に生み出されたという。

 13世紀以降の中国の王朝を考えても、モンゴル人の元、漢人の明、満州人の清と移り替わり、漢民族以外の影響を受けている。今でも中国本国では、各地方に独自の「方言文字」が残っており、台湾やシンガポールなどの中国語圏でも独自の略字があるそうだ。

 同じようなことは、漢字が朝鮮半島を経由して日本に伝わっていくなかでも起きた。朝鮮半島でも漢字の字体に改良が加えられ、造字が行われたという。

スケソウダラという漢字

 本書はこうした漢字の太い流れを振り返りつつ、日本でも、各地に独自の漢字があることを紹介する。

 そもそもすでに奈良時代ごろの『風土記』に、地名や産物名、あるいは戸籍などに地域色豊かな文字の萌芽が見られるという。漢字からひらがな、カタカナも派生し、和製異体字、和製漢語も生み出された日本は、漢字文化圏の中でも群を抜く文字の変異を作り出してきたのだという。

 本書では多数の「地域漢字」が紹介されている。大半は特殊な文字なので、作字を伴うなど紹介するのが厄介だ。北海道では「スケソウダラ」を「鯳」と書くという。海の底にいる魚ということか。崖や畦などが傾斜している都市を指す「ママ」という漢字は土へんに間と書いて静岡で使われている。小さな峠を意味する「垰(タオ)」は、中国地方では定着し、苗字にもある。広島あたりの出身者はたいてい読めるそうだ。

 漢字使用例の地域性なども報告されている。東京都世田谷区にある「砧」は、全国で一か所しかない地名だという。

 様々な実例については、上述のように紹介が難しく、きりがないので、本書を手に取って確認していただきたいと思う。

 地方色の強い漢字については、それらを維持していこうという人たちの活動もあるようだ。「方言漢字サミット」なるものも開催されている。

難しい漢字で人心鼓舞

 著者は漢字の特性をこう語っている。

 「漢字は、殷の甲骨文字、周代の秦篆や六国古文から、現代日本の各地に見られる地域性のある文字まで、それぞれの地域の人に根ざして息づいてきた文字といえ、各地の要求に応えうる柔軟性をもつ文字でもあった」

 BOOKウォッチでは関連で何冊か紹介している。そもそも、日本列島に漢字をもたらしたのはどういう人だったのか。『渡来系移住民』(岩波書店)は、倭国の側で文字に関する職務に従事し、文筆に勤しんだのは、渡来系の移住民だと推定する。同書では、倭の時代からの漢字の流入、中国や朝鮮半島との長期にわたる交流が記されている。

 『文字世界で読む文明論――比較人類史七つの視点』(講談社現代新書)は、古代文明が生み出した文字で生き残っているのは漢字のみということを伝える。そのことを知ると、私たちが使っている漢字というものに一段と生命力を感じる。『図説 古代文字入門』(河出書房新社)は、世界各地の様々な古代文字の研究概況を紹介している。

 『抹殺された日本軍恤兵部の正体――この組織は何をし、なぜ忘れ去られたのか? 』(扶桑社新書)は、「恤兵」という今ではほとんどの人が読めない漢字が教えてくれる戦前の日本を振り返る。確かに戦前は、難しい漢字や熟語が多数使われて戦時の緊張感を高め、人心を鼓舞していた。言葉は時代や政治体制とともに変わるということを痛感させられる。

  • 書名 方言漢字
  • 監修・編集・著者名笹原宏之 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年8月25日
  • 定価本体960円+税
  • 判型・ページ数文庫判・304ページ
  • ISBN9784044006051
 

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