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漢字はなぜ、世界4大文明の文字で唯一生き残ったのか?

文字世界で読む文明論

 文明はいかにして発展してきたのか? 本書『文字世界で読む文明論――比較人類史七つの視点』(講談社現代新書) は人類史や世界史を「文字」を軸に振り返ったものだ。有名な文明の誕生には文字が深く関わり、盛衰を繰り返しながら今日に至ったことはよく知られている。本書では、きわめて壮大な見取り図の中に日本も位置付けられ、日本の歴史を「文字」をキーワードに改めて確認できる。

世界帝国オスマントルコ

 人類はある時期から言語能力を持つようになった。そこが他の動物と大きく異なるところだ。単に話すだけではない。文字を発明し、物事を記録するようになる。古代文明をリードしたのは、文字を操る民族だった。

 著者の鈴木董さんは1947年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。トルコ史の第一人者として知られる。長く東大東洋文化研究所で教授を務めた。現在は東京大学名誉教授。著書に『オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」』(講談社現代新書)、『オスマン帝国の権力とエリート』(東京大学出版会)、『オスマン帝国とイスラム世界』(東京大学出版会)など。トルコ関係のほか、『文字と組織の世界史』(山川出版社)、『大人のための「世界史」ゼミ』(山川出版社)などもある。

 なぜトルコ史が専門の鈴木さんが「世界史」を語るのか? トルコは、アジアとヨーロッパの結節点にある。いわゆる文明の十字路の交点に存在する。現在は小アジアの一国に過ぎないが、17世紀ごろのオスマントルコの時代には広大な世界帝国を作り上げていた。北アフリカからペルシャ湾、バルカン半島までもがトルコだった。現在のモロッコ、エジプト、ギリシア、シリア、イラク、イスラエル、イエメン、ハンガリー、ウクライナ、アゼルバイジャンなどの一部もしくは全部がトルコだった。

 つまりトルコは一時期、メソポタミア、エジプト、ギリシアなどの古代文明が栄えた地域をも支配していた。ゆえに鈴木さんの視座は、現在のトルコのエリアにとどまらず、世界史的にならざるを得ないというわけだ。

文明は特有の文字を持つ

 本書は以下の構成。

 プロローグ 文明が成熟するために
 第1章 文明と文化とは
 第2章 ことばと文字
 第3章 知の体系の分化―宗教と科学と
 第4章 文明としての組織 文化としての組織
 第5章 衣食住の比較文化
 第6章 グローバリゼーションと文化変容
 第7章 文明と文化の興亡―文明の生き残る道
 エピローグ 現代文明と日本

 本書によれば、世界の4大文明はいずれも特有の文字を創り出してきた。メソポタミア文明は楔形文字、エジプト文明はヒエログリフ(神聖文字)、インダス文明はインダス文字、黄河文明は漢字。

 楔形文字はシュメール人が発明した人類最古の文字で、粘土板に刻まれた。それより古い文字がないから系統は不明。この文字自体は紀元1世紀ごろには書く人も読む人もいなくなり、死文字となった。

 ヒエログリフも紀元3~4世紀に死文字になったが、表音文字としてフェニキア人に受け継がれ、東西に広がる。インダス文字はもともと長文のものが残されておらず、インダス文明自体も紀元前1500年ごろに消滅している。

 そうした中で、古来の文字が延々と生きているのが漢字だ。4大文明の中で、本来の姿で今も用いられている唯一の例外。日本、朝鮮、ベトナムは漢字の恩恵を受け、それぞれの国では、語彙的には半数以上が漢語ルーツだという。

 こうした古代の文明や文字は、上述のように有為転変の歴史をたどる。現在、世界を動かす言語圏はラテン文字圏、ギリシア・キリル文字圏、アラビア文字圏、梵字圏、漢字圏の5つだという。ラテン文字圏、ギリシア・キリル文字圏はフェニキア文字をベースとしている。梵字は、インダス文明消滅後にインドに登場したもので、インドやインドシナ半島で用いられている。アラビア文字圏は7世紀の成立と遅い。つまり各国の文字は世代交代しているが、漢字のみが純血でDNAを維持している。

 なぜ漢字は生き残ったのか。もちろん漢民族が、政変を繰り返しながらもパワーを維持したことが大きな理由だろう。漢字は周辺国でも利用され続けた。江戸時代、朝鮮通信使が来日した時は、彼らと漢文で筆談する日本人が少なくなかったと聞いたことがある。僧侶や武士などは漢籍の知識があり、朝鮮使節と漢文で意思疎通ができたからだ。漢字は中国以外の国々の交流にも貢献していた言語だった。

「フィードバック」の仕組みが必要

 本書はいわゆる学術書ではない。一般読者向けの概説書だ。著者は博識なので、テーマは文字の話のみならず、衣食住、宗教、政治、組織論などにどんどん広がっていく。しかしながら巻末に参考文献などは挙げられていない。データはすべて鈴木さんの精密頭脳の中にあり、改めて典拠を記す必要もないということだろう。

 鈴木さんは近年、文明の未来について様々な悲観論が登場していることも承知している。鈴木さん自身も、そのように感じているようだ。ソ連の崩壊でもはや激しい対立や戦争もない時代が来るかと思ったら、そうではなかった。あちこちで独裁者が跋扈し、テロが起きる。地球温暖化や原発事故、格差や差別もいっこうに無くならない。新型コロナのパンデミックが追い打ちをかける。

 鈴木さんは現在の文明を第一段階の成熟だと考えている。そして第二段階の成熟した文明に移行するためのキーワードとして「フィードバック」を挙げている。文明の「行きすぎ」や「暴走」を制御するには「フィードバック」の仕組み、民主主義を正常に機能させる仕組みが必要だとする。

日本に何ができるか

 日本は漢語圏の周辺に位置している。長く漢字の影響下にあり、この150年ほどは西洋文明も積極的に吸収した。しかし、いつも文明を受容する側だった。模倣し、小さな改善を続けてきた。はたして日本は、上記のような文明の第二段階への道筋をつけるような試みを推し進めることができるか? もしできれば、自らが文明の先頭に立って、今度は模倣される側に、史上初めてなりうるのではないか、と鈴木さんは希望を語っている。

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか取り上げている。『欧米人の見た開国期日本――異文化としての庶民生活』 (角川ソフィア文庫)は、幕末に来日した外国人が「混浴」に仰天した話などが出てくる。いわゆる文明ギャップだ。『図説 古代文字入門』(河出書房新社)は、世界の13の古代文字について13人の研究者が解説している。聞いたこともないような文字が多々ある。『始皇帝 中華統一の思想 「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書)は、漢字や貨幣、度量衡を統一し、今日に至る中国の原型を作った始皇帝の話。『世界の少数民族』(日経ナショナルジオグラフィック社)には、現在も文明社会と切り離された状態で生きる少数民族が登場する。

   


 


  • 書名 文字世界で読む文明論
  • サブタイトル比較人類史七つの視点
  • 監修・編集・著者名鈴木董 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年7月15日
  • 定価本体940円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784065201473

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