読むべき本、見逃していない?

「恤兵」という読めない漢字が教えてくれる戦前の日本

  • 書名 抹殺された日本軍恤兵部の正体
  • サブタイトルこの組織は何をし、なぜ忘れ去られたのか?
  • 監修・編集・著者名押田信子 著
  • 出版社名扶桑社
  • 出版年月日2019年6月30日
  • 定価本体1080円+税
  • 判型・ページ数新書判・329ページ
  • ISBN9784594082369

 本書『抹殺された日本軍恤兵部の正体――この組織は何をし、なぜ忘れ去られたのか? 』(扶桑社新書)は、歴史から完全に消えた軍の組織とその活動を現代によみがえらせた労作だ。10年がかりで苦労して埋もれた史料を掘り起こしている。研究書にありがちな難解さがなく、文章はきわめて読みやすい。マスコミ関係者は必読だろう。

日清戦争で創設

 本書の最大の特徴は、これまで、「恤兵」を主題とした類書がないというところにある。つまり著者の中央大学経済研究所客員研究員、押田信子さんの全くオリジナルな調査に基づいている。多くの史料は押田さんが独自に発見したものだという。

 そもそも書名の「恤兵部」という文言を読める日本人はどれくらいいるだろうか。漢字検定1級クラスでも少ないのではないか。冒頭、押田さんは「恤兵とは何か」と説明している。

「"恤兵"は『じゅっぺい』と読む。広辞苑によれば、『(「恤」は、めぐむの意)物品または金銭を寄贈して戦地の兵士を慰めること。』とある・・・『りっしんべん』に『血』、何やら薄気味悪さが漂う」

 そしてこう続ける。

「令和のいまだからこそ、見慣れない言葉だが、恤兵は日中戦争から太平洋戦争の頃には、流行語の如く使われていた」

 この「恤兵」を指揮、管理していた軍の組織が陸海軍恤兵部。1894(明治27)年、日清戦争と同時に開設され、「戦地と銃後を結ぶ絆」をキャッチフレーズに、国民から兵士慰問のための恤兵献金品を募集。戦地に娯楽・嗜好品を送る、文化人・芸能人による慰問部隊を派遣するなど、戦争を後方から支え続けた。

史料の冬眠状態が続いた

 慰問袋や慰問団という個別の話は知られているが、「恤兵部」という切り口からのアプローチがこれまでなかった。大きな理由は「史料の不在」だ。

 実は、こうした「恤兵活動」は、慰問雑誌『恤兵』(昭和7年創刊、陸軍恤兵部発行)、『陣中倶楽部』(昭和14年創刊、陸軍恤兵部発行、大日本雄辯會講談社編集)、『戦線文庫』(昭和13年創刊、海軍恤兵部監修、興亜日本社発行)などで当時は丹念に報じられていた。ところがこの「慰問三誌」は戦後、国会図書館に所蔵されなかった。『陣中倶楽部』は講談社で、『戦線文庫』は旧興亜日本社の日本出版社で貴重品扱となっており、一般研究者の目に触れることなく「冬眠」状態が続いていた。

 最近、立て続けに新たな動きがあった。『戦線文庫』が横浜市立大学学術情報センターに寄贈され、閲覧可能になった。『恤兵』については押田さんが創刊号を神奈川近代文学館で発見、『陣中倶楽部』や『戦線文庫』の一部も所蔵されていることがわかった。さらに押田さんは防衛省防衛研究所で、終戦後の恤兵部の解体状況なども調べた。

 恤兵にまつわる「美談」「エピソード」は戦前、新聞で盛んに取り上げられた。本書は「朝日」「毎日」「讀賣」記事なども引用しながら「恤兵のリアル」を伝えている。

日中戦争で再開

 恤兵部は日清戦争を契機とし、日露戦争でも表舞台に出た。しかし、いずれも短期の活動。戦争が終わると店じまいしていた。満州事変でいったん復活したが、停戦でまた活動停止。再開されるのは1937(昭和12)年の日中戦争からだ。当時の新聞記事から、国民の熱狂ぶりがわかる。

 「恤兵金や慰問袋等 街に高し愛国譜 続々と陸軍省へ」
 「女工さん美挙 陸軍へ100円」
 「一日に15万円 銃後の声援高まる」
 「北支に送る真心 花売り五少女も」
 「赤誠は灼熱!海軍への献金殺到」
 「献納の恤兵金 どんどん戦地へ」

 「赤誠」とはひたすら真心をもって接する心。同じころ、「暴支膺懲」(ぼうしようちょう)と言う言葉もよく使われた。「膺懲」とは征伐してこらしめること。「暴虐な支那(中国)を懲らしめよ」の意味だ。「赤誠」「膺懲」「恤兵」などは戦前なら誰でも知っている、人心を鼓舞する言葉だった。戦争は前線での戦いだけでなく、「銃後」も巻き込み、国民の高揚や支援が必要なことを軍は熟知していた。マスコミはもちろん、多くの文化人、芸能人も参画した。国民総動員で熱狂する「恤兵劇場」が繰り広げられた。

 こうして「一般大衆」は、自発的に戦争を支援する側に回っていた。その様子を振り返りながら、著者は語る。

 「これは極めて重い事実だが、大衆ポピュリズムが一部過熱化している現代において、恤兵部の過ちは検討してしすぎるものではないと考える」

 戦前、戦争に加担したマスコミ関係者は改めて噛みしめるべき言葉だろう。押田さん自身、昨今のタレントなどを前面に押し出すテレビの大々的なチャリティシーンを想起して、なにがしかの類似性を感じているようだ。

 関連で本欄では、国民が美談に酔いしれた歴史をフォローした『みんなで戦争――銃後美談と動員のフォークロア』(青弓社)を紹介済みだ。同書では美談が組織的に集められ、1939年には『支那事変恤兵美談集』などが発行されていることを伝えている。このほか、本欄では軍とマスコミの関係について『大本営発表――改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』(幻冬舎新書)、『空気の検閲――大日本帝国の表現規制』(光文社新書)なども紹介している。

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