本書『ルポ 禁断の日本地図』(宝島社)は、タイトルこそ際物っぽい印象を与えるが、昭和・平成の「裏面史」を彩った日本各地のエリアを取り上げた真面目な本だ。旧軍の負の遺産、反社組織との関係が噂される場所、旧赤線・青線地帯、差別と貧困のレッテルが貼られる土地、異国の人々が居住するエリア、特殊な事件の舞台となった地域......。アンダーグラウンドな世界に詳しい実力派ライターが結集し、読み応えのある内容になっている。
主な執筆者がどこを取り上げたかをざっと見てみよう。ヤクザ取材のエキスパート、鈴木智彦さんは、歌舞伎町(東京都新宿区)、山口組総本部(神戸市灘区)。経済事件に詳しい伊藤博敏さんは、真珠宮ビル跡(東京都渋谷区)、六本木TSKビル跡(東京都港区)、東京の「ヤバい」エリアに通暁した本橋信宏さんは、怪奇館跡(東京都品川区)、陸軍軍医学校跡(東京都新宿区)など。
全国25のエリアを「第1章 東京の魔窟」「第2章 性地巡礼」「第3章 差別と貧困」「第4章 戦争の影」「第5章 日本の中の異国」「第6章 事件の痕跡」の6部構成で紹介している。
ルポと銘打っているが、歴史的経緯にもかなり突っ込んで記述している。たとえば、鈴木さんが書いた歌舞伎町。「日本最大の"ヤクザ過密地区" 東洋一の歓楽街をめぐる暗闘秘録」のタイトルで、戦後の闇市に始まり、愚連隊組織との抗争、独自の縄張り制度と歌舞伎町の裏面史を書いている。
コロナ禍で勃発した暴力団による「スカウト狩り」など、最新の動きにもふれている。
「暴力団に対する世間の風当たりが強まり、半グレや破門者が台頭してからは、歌舞伎町を練り歩くヤクザの姿は極端に減った。だが、ぼったくりバーもホストクラブも、裏側には人間の欲を喰らう暴力団がいる」
「新宿の魔窟」と呼ばれた真珠宮ビル跡は、住所は渋谷区代々木2丁目だが、JR新宿駅から徒歩3分のところにあった。取り壊される前のビル名が「真珠宮(しんじゅく)ビル」だった。多くの不動産業者、ブローカー、暴力団、事件屋がこの物件に群がり、殺人事件、恐喝事件も起きた。
「公売」という最終手段で、この土地の帰趨は2017年に決まった。しかも「買い手の存在を一切、伏せる」ことで批判を回避した。2019年、3階建てのビルが完成、アメリカンレストランのフードコートになった。
「店舗運営者も利用者も、今では『魔窟の過去』など誰も知らず、知ろうとも思わず、にぎわいをみせている」
大手住宅メーカーが55億円をだまし取られたことで有名になった「怪奇館跡」。正式名は「海喜館(うみきかん)」だが、お化け屋敷のようなたたずまいから「怪奇館跡」と呼ばれた。
地面師グループが全員逮捕されるまでの事件の経緯をふりかえり、本橋さんはこう結んでいる。
「20(令和2)年春、海喜館は解体され、広大な土地は更地になり、正式に土地を取得した旭化成不動産レジデンスによる再開発が始まった」 「五反田の闇がまた消えた」
この手の本には欠かせない性の問題はどうか。「第2章 性地巡礼」で取り上げているのは、吉原(東京都台東区)、飛田新地(大阪市西成区)、黄金町(横浜市中区)、円山町(東京都渋谷区)のほか、ルポ『売春島』(彩図社)で有名になった渡鹿野島(三重県志摩市)については、著者の高木瑞穂さんが原作者となり、漫画「売春島の眞実」で近況まで伝えている。
「先の見えない観光地化の片隅でこの島の売春産業は今...」 「司法の裁きを受けるまでもなく消えようとしている――」
「第4章 戦争の影」では、観光名所「ウサギの島」になった大久野島(広島県竹原市)に日本最大の毒ガス製造工場があった歴史を紹介している。執筆した軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんが、北九州市にあった東京第二陸軍造兵廠曾根製造所、陸軍習志野学校(千葉県習志野市)、陸軍登戸研究所(川崎市多摩区)の存在にもふれている。
タブー好きの人にはたまらない一冊だ。
BOOKウォッチでは、執筆者関連で鈴木智彦さんの『サカナとヤクザ』(小学館)、本橋信宏さんの『高田馬場アンダーグラウンド』(駒草出版)、黒井文太郎さんの『日本の情報機関―知られざる対外インテリジェンスの全貌』 (講談社+α新書)、軍事施設関連で『ウサギと化学兵器――日本の毒ガス兵器開発と戦後』(花伝社)、『日本の島 産業・戦争遺産』(マイナビ出版)、『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)などを紹介済みだ。
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