先週水曜日(2018年10月11日)に開場した東京都の豊洲市場。築地市場から17年がかりでようやく移転し、連日華々しく報道されているが、そこに暴力団が密漁した水産物が流れているとしたら......。「高級魚を食べると暴力団が儲かる」という食品業界最大のタブーに挑戦したのが本書『サカナとヤクザ』(小学館)だ。
著者の鈴木智彦さんは、フリーのジャーナリスト。2011年、東日本大震災後の7月から約2か月間、福島第一原子力発電所で作業員として働き、『ヤクザと原発:福島第一潜入記』(文藝春秋)を発表、最近珍しい潜入ルポの書き手として注目された。元実話雑誌の編集長で、その筋に幅広い人脈を持っている。密漁がヤクザの大きなシノギになっていることを知り、震災の被災地・三陸のアワビや北海道の「黒いダイヤ」ナマコなど、5年がかりで全国各地の密漁の実態を追った。
冒頭のやりとりが圧巻だ。知り合いの住吉会系暴力団組長から電話一本でアワビ密漁のあらましを聞き出す。「あれだけ簡単に儲かる仕事は他にない。海で金を拾っているようなもの」。さっそくアワビの大規模密漁団が逮捕されたドラマ「あまちゃん」の舞台、岩手県に向かう。2013年8月に現行犯逮捕された密漁団は北海道からの遠征組で、押収されたアワビは166キロもあった。地元ヤクザの協力が不可欠だという。このほかにも暴力団直系や傘下の不良による密漁もあるとの海上保安庁捜査員の話を伝えている。
密漁したアワビは築地にも流れていた。2008年、宮城県警と海上保安庁は、密漁アワビと知りながら販売した疑いで築地市場の荷受け業者を書類送検した。その後、原産地証明のないアワビは買わない、箱に出荷者名、産地、規格が明示されていないアワビは扱わないなどの対策を申し合わせた。しかし、密漁アワビはまだ築地に流れていると見て、鈴木さんは築地への潜入を決意する。
アワビを扱う仲卸で軽子として4か月、築地で苦労しながら働いていると、知り合いのヤクザとばったり会った。「密漁品を探しているが見つからない」と相談するとある業者を紹介された。漁師が禁漁期間に密漁したアワビを産地偽装して売る手口だった。さらに会社を辞める時、酔った役員と「築地で密漁アワビは売ってるんですか?」「ああ、売られてるよ」というやりとりをした。その一言を聞き出すための取材だった。
ロシアからのカニ密輸、中国へナマコを輸出するための密漁、そしてウナギの稚魚シラスは台湾、香港からの密輸に暴力組織がかかわっていることを別の章でそれぞれ書いている。紹介者がいたとは言え、かなり危険な取材だ。
北海道ではナマコの密漁団と何年も接触するうちに「密漁社会のマラドーナ」と呼ばれる男の誕生会に呼ばれるまでに。あるチームの親方に「鈴木さん、金ないんだって? 密漁やろうよ。車運転できるでしょ。(中略)一石二鳥だべや」と勧誘されるまでになった。もちろん断ったが、密漁の詳細を聞き出し、本書で紹介している。
もっとも読み応えがあるのは第5章「再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史」だ。ソ連時代にソ連のスパイを引き受ける見返りに、北方領土海域で好き放題に漁をしたレポ船という存在があった。「北海の大統領」「オホーツクの帝王」などと呼ばれた船主らの肖像を振り返り、鈴木さんは最後のレポ船主と根室で会う。いまソ連はロシアになり、レポ船はなくなった。かわりに暴力団がハイパワーの特攻船でウニやカニを獲りまくった。その後特攻船は消え、ロシアの漁民が密漁した水産物が暴力団経由で日本に入るようになったという。
本欄では小説『鯖』(徳間書店)を紹介したばかりだ。サバの加工品ヘシコを中国へ輸出するビジネスをめぐり、船乗りたちが暴力組織と対決する物語だ。もしかしたら、現実の方が小説よりも先を行っているかもしれない。
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