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大友克洋の『童夢』のモデルになった団地は今・・・

芝園団地に住んでいます

 埼玉県川口市の芝園団地は、住民約5000人の半分が外国人ということで有名だ。大半が中国人。日本人との共生の試みが進んでいる団地としてメディアに取り上げられることもあれば、ネットではトラブルが多いという風評もある。本当のところはどうなのか。本書『芝園団地に住んでいます――住民の半分が外国人になったとき何が起きるか』(明石書店)は、その内情のリアルな報告だ。

UR賃貸に引っ越す

 本書の最大の特徴は、著者の朝日新聞記者・大島隆さんが2017年1月からこの団地に住み、自治会活動などにも参加しているところにある。一般にこの種のルポは、外部からジャーナリストが訪ね、一定期間の取材をもとに書かれることが多いが、本書はかなり様相を異にしている。ノンフィクションというより体験記、さらにいえば身近な人が実名で登場する実録や私小説に近い。

 そもそも、大島さんはなぜここに住むことになったのか。大島さんの結婚相手は、子どものときに一家でベトナム難民としてアメリカに渡ったアジア系米国人だった。10年ほど日本で暮らしたが、離婚し、彼女はアメリカに戻った。子ども二人もアジア系アメリカ人としてアメリカに住んでいる。長女が大学に入り、学費の関係で、大島さんは節約しなければならなくなり、都内の賃貸からUR賃貸のこの団地に引っ越すことにした。

 約45平方メートルの1LDK。共益費込みで約8万円。最寄りのJR蕨駅まで徒歩10分ほど。1時間ちょっとで築地にある新聞社に着く。

 以上の経緯からもわかるように、大島さんの元妻や子どもたちは、「アジア系アメリカ人」として生きている。「移民」問題は大島さんにとって他人事ではない。勤め先の新聞でも「隣の外国人」という企画にかかわったことがあり、芝園団地のことはよく知っていた。どんなところかという興味もあって、自ら住むことにしたという。

保証人なしが外国人には魅力

 芝園団地は1978年に誕生。大友克洋の名作『童夢』のモデルになった場所だという。当時の埼玉県内の公団住宅では、最も家賃水準が高く、当初は抽選で入居が決まったほどだった。しかし、賃貸なので持ち家を購入して引っ越す人が増え、住み続ける人は高齢化した。

 こうした状況を見通していたのか、国は1992年に「公営住宅の賃貸における外国人の取り扱いについて」という通達を出し、中長期の在留資格を持つ外国人が公営住宅に入居する道が開かれた。外国人が家を借りる場合、保証人が大きな壁になるが、URは、一定の収入があれば保証人が不要。芝園団地は、交通の便も良いことから、都心で働く外国人にとっては魅力的だった。

 2000年代に入って芝園団地に外国人の姿が増え始め、数年のうちに1000人を突破、現在は約2500人と見られる。URが2019年に実施した住民アンケートによると、日本人は70代が32.5%で最も多く、60代以上が全体の76.4%を占める。これに対し、外国人は30代が61%と最も多く、20代と30代で80.3%を占める。つまり高齢者の日本人と、20~30代の中国人が「共住」というのがこの団地だ。

 本書で知ったのだが、住んでいる中国人は、IT技術者、プログララマーが約8割だという。中国の理工系大学で学び、中国の関係企業で実務経験を積んだ人が「技術・人文知識・国際業務」という在留資格を取得して来日、IT技術者を派遣する会社に所属して、日本のあちこちの企業で働いている。したがって若い人が多く、入れ替わりも激しい。こうした派遣会社自体が団地の部屋を契約しているケースもあるようだ。

 増え続ける外国人IT技術者の中で、中国人は漢字が読め、日本語の日常会話ぐらいはこなせるので、日本の企業も重宝しているという。

 団地内で時々見かける高齢の中国人は、彼らの親たちだ。孫の世話をするために交代で来日している。こうした中国人技術者は、子どもが小学校の高学年になる前に中国に戻るパターンが多いらしい。日本に長く居すぎると、子どもたちが中国の教育レベルに付いていけなくなり、中国での競争から落ちこぼれてしまうからだという。このあたりの事情は、BOOKウォッチで紹介済みの『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ)にも詳しく出ていた。要するに、子どもたちの学習レベルは中国の方が高く、競争も厳しいのだ。

自治会の防災・防犯、環境部長

 本書は以下の構成。

 第一章 一つの団地、二つの世界
  新たなチャイナタウン、交わらないパラレルワールド、など。
 第二章 ふるさと祭り
  団地が最もにぎわう日、日本人住民の「もやもや感」、など。
 第三章 「もやもや感」の構造
  「言っちゃいけないけど思っちゃう」、見えない壁、生活トラブル、など。
 第四章 中国人住民の実像
  なぜ中国人住民が増えたのか、八割が「日本人住民と交流したい」、など。
 第五章 共生への模索
  芝園かけはしプロジェクト、顔が見える関係、など。
 第六章 芝園団地から見る日本と世界
  多数派の不安、守るべき中核文化とは、など。

 団地には約2500世帯が住む。かつては大半が自治会に入っていたが、2017年初めの段階で加入者470世帯。外国人は23世帯にとどまる。自治会の会員は、入居者の二割弱しかいないので、この団地の生活環境を維持していくのは相当大変だろうということが推測できる。

 入居が決まって間もなく、大島さんは自治会に入ろうと思い、事務所をのぞいた。中国語教室の案内が目に留まった。学生時代に中国留学の経験はあったが、働き始めてからは使う機会がなく、すっかりさび付いている。早速参加することにした。

 そこで知り合った自治会役員から、自治会活動への参加を誘われる。あまり深く考えずに引き受けてしまった。何をするのかといえば、様々な行事のお手伝いだという。入居したばかりだというのに、9人の役員の1人になってしまう。防災・防犯部長と、団地の美化やごみ問題を担当する環境部長。こうして大島さんは次第に知り合いが増え、団地内の諸事情にも詳しくなっていく。そして「共生」ぶりがメディアで取り上げられるが、そこに参加している日本人は団地住民のごく一部でしかないこと、団地内の日本人には複雑な思いがあること、などを丹念にフォローしている。

 日本人だけでなく、中国人サイドにも知り合いを増やしている。一緒にロードサイクルで荒川べりを走る仲間などもできた。団地に住む中国人から、中国企業の社員旅行に来ないかと誘われ、バスで伊東の温泉旅館に行ったりもしている。

トランプ政権と重ねる

 本書には多数の日本人や中国人が登場するが、基本的に実名だ。年齢も記されている。ちょっとしたつぶやきなども克明に記されている。冒頭で「実録」「私小説」と評したのは、そういう意味だ。記述は平明で、何かを暴くとか、告発するとか、肩に力が入ったところはまったくない。

 ・日本人と外国人が同じ場所で暮らすとき、何が起きるのか。
 ・住民には、どのような感情が芽生えるのか。
 ・そこで起きること、芽生える感情に対して、どうすればいいのか。

 こうした問題意識をベースに、淡々と実情をつづる。一言でいえば、それはかつて圧倒的な多数派だった日本人が、少しずつ追い詰められ、立場が逆転しつつあるという現状報告だ。「共生」という建前と、現実との軋みが、しばしば何かの拍子に表面化する。

 大島さん自身、「本書に独自性があるとすれば、外国人住民が増えた地域で暮らす日本人の『感情』に焦点を当て、掘り下げようと試みたことにあると思う」「外国人に対する不安や不満といった住民感情は、否定するだけでその人たちの心から消えていくものではない」と記す。そうした感情に向き合い、感情を生み出す根源を探ることに意味があるのではないか、ということで取材を続ける。

 大島さんは、1972年生まれ。長く国際報道に携わり、朝日新聞ワシントン特派員として2016年の米国大統領選の取材もしてきた。本書執筆時は政治部次長。米国には約10年暮らした経験があるという。ハーバード大学ニーマン・フェロー、同大ケネディ行政大学院修了。著書に『アメリカは尖閣を守るか』(朝日新聞出版)がある。

 こうした経歴からもわかるように、本書のもう一つの読みどころは、トランプ政権誕生で米国民に亀裂が深まり、移民へのヘイト感情が高まっていることなど海外事情を踏まえている点にある。休暇で北米に出かけた時には、この方面に詳しいカナダの有名な研究者にインタビュー、解決策などを探っている。

 移民問題の本は多いが、コミュニティの内側からの実情報告と、グローバルな視点からの分析という、ミクロとマクロの複眼による観察が本書のユニークさといえる。ちなみに芝園団地の自治会は「共生」のためのさまざまな取り組みが評価され、2018年には埼玉県の「埼玉グローバル賞」、国際交流基金の「地球市民賞」を受賞している

 『日本の「中国人」社会』などによると、在日の中国人はこの20年で約3倍、100万人に近づいている。20年後の芝園団地の大半は中国人になるのではないかといわれている。さらに中国人以上の勢いで日本各地で増えているのがベトナム人だと本書は指摘している。同じような問題を抱える団地や自治体、関係者にとっては参考になることが多そうだ。

 本書で参考文献として挙げられている『コンビニ外国人』(新潮新書)、『ふたつの日本』(講談社現代新書)、『団地と移民』(株式会社KADOKAWA)などはBOOKウォッチで紹介済みだ。このほか、『国家と移民――外国人労働者と日本の未来』 (集英社新書)、『〈超・多国籍学校〉は今日もにぎやか!――多文化共生って何だろう』(岩波ジュニア新書)、『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社)、『移民と日本人』(無明舎出版)、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)なども紹介している。

  • 書名 芝園団地に住んでいます
  • サブタイトル住民の半分が外国人になったとき何が起きるか
  • 監修・編集・著者名大島隆 著
  • 出版社名明石書店
  • 出版年月日2019年10月 4日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784750348940
 

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