今期、第163回芥川賞はダブル受賞となった。遠野遥さんの『破局』と高山羽根子さんの『首里の馬』は、それぞれ話題になっている。芥川賞を受賞した作品は脚光を浴びるが、候補に終わった作品はあまり取り上げられることはない。
本書『アウア・エイジ(our age)』(講談社)も候補作の一つ。単行本になったのを機会に読み返してみると、不思議な味わいのある作品だった。
著者の岡本学さんは、1972年生まれ。早稲田大学教育学部理学科数学専修卒。早稲田大学大学院国際情報通信研究科博士課程修了。博士(国際情報通信学)。日本電信電話株式会社勤務、神奈川工科大学情報学部准教授を経て、2017年より教授。12年、「架空列車」で第55回群像新人文学賞を受賞。同年、本作品を収録した『架空列車』でデビュー。
芥川賞候補になった時点で、BOOKウォッチは、以下のような梗概を紹介した。
「アウア・エイジ」は、数学を専攻する大学院生の主人公が、映画館の映写技師のアルバイトをする話。いつも立って映画を観ている「ミスミ」と名乗る女性が、アルバイトとして入ってくる。彼女は「私殺されるような女なのよ」としばしばつぶやくミステリアスな存在だった。その後、大学に職を得た私が、20年ぶりに彼女の周辺を探索すると......。青春時代の追憶と中年になった現在が苦く交錯する。
確かに話の筋はそうなのだが、魅力的なディテールがまったく欠落していた。
かつてアルバイトをしていた映画館から「映写機の葬式をする」という案内状が届き、中年になった「私」が、映画館を訪ねるという場面から始まる。
映写室の壁に1枚の写真が貼ってあった。塔の写真だった。
「殺されそうな女ミスミ、殺された女ミスミと、共に探した塔だ。そして、見つからなかった塔だ。忘れていたわけではない。埋もれていたのだ」
ミスミはマイ・ルールにこだわる女だった。そのルールに触れなければ、「土下座すればヤラせてくれる」という噂をバイト仲間から聞き、思い悩む。
その話をミスミに問いただすと、「本当にヤリたいならヤラせてあげるけど、あなたはそんなことが本当にヤリたい?」。
彼女が塔の写真にこだわるのは、かつて母親と塔のある場所に行き、殺されかけたことがあるからだという。塔の写真だけを残して母親はその後亡くなった。写真には「our age」と記されていたという。
そんな昔のやりとりを手掛かりに探索が進む。そもそも「ミスミ」という名前は本名ではなく、アパートの近所のゴミ捨て場から彼女が拾ってきた上履きに書いてあったものだと聞いていた。
教え子たちとの泊りがけの旅行で千葉の九十九里に行った時、あることに気づいた。彼女の母は四国の鳴門出身と言っていたが、それは千葉の成東のことだった。「ナルト」と「ナルトウ」。彼女の聞き間違いが原因だった。成東で「四軒屋」という変わった本名の名字を頼りに調べると、次から次へと母親の生涯が浮かび上がってきた。
ネットで検索して、塔のある場所もわかった。母親は自ら塔の写真を撮ったのだった。なんのために? そして、なぜその写真だけを「ミスミ」に残したのか?
そして「our age」もまた、いくつかの文字が欠落したものであり、まったく別のメッセージを発していたことがわかる。
言ってみれば、これは言葉の伝達ミスをめぐる作品だ。そしてそれが明らかになったところで、どうなるわけでもない。だが、母娘の真実を知ったという思いが、心にほんの少しだけ暖かなものを灯してくれるのだ。
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